
症例67
【症例】50歳代 女性
【主訴】左下腹部痛
【身体所見】BT 39℃、左下腹部に腫瘤あり、圧痛あり。
【既往歴】子宮筋腫
【データ】WBC 11500、CRP 12.72
画像はこちら
単純CTで左下腹部に多房性嚢胞性病変を疑うやや不明瞭な低吸収域を認めています。
造影すると多房性嚢胞性病変は明瞭化し、壁の造影効果を認めています。
冠状断像では子宮との位置関係が明瞭で、子宮の左上に多房性嚢胞性病変を認めています。
由来は消化管でしょうか?それとも卵巣でしょうか?それともそれ以外でしょうか?
下行結腸からS状結腸を追うと、虚脱しており、この構造と連続性ははっきりしません。
また炎症波及を示唆するような壁肥厚は認められません。
では、卵巣腫瘍や、膿瘍でしょうか。
左卵巣由来を考慮して、左の卵巣静脈を腎静脈合流部から尾側に追っていくと、右側の嚢胞に繋がるように見えます。
ですので、この多房性嚢胞性病変は、卵巣由来でよさそうです。
また臨床症状より、腫瘍よりは膿瘍が疑われます。
よく構造を追うと、左側の嚢胞は管状構造であることがわかります。
卵巣と隣接する管状構造と言えばなにがあるでしょうか?
そう、卵管です。
卵巣と、卵管が拡張し、内部に膿瘍を伴っていることが示唆されます。
診断:左卵巣卵管膿瘍
※婦人科コンサルトが必要となります。
※婦人科受診され、MRIが撮影されました。
嚢胞部分はT1強調像で低信号、T2強調像で高信号であり、CT同様液貯留を示唆します。
T1強調像で低信号であり、出血や脂肪ではなさそうです。
造影をするとCT同様、隔壁構造に強い造影効果を認めます。
また左側の嚢胞は管状構造であることがわかります。
膿瘍だとすると、あとは何を撮影すれば決定的でしょうか?
そう、拡散強調像(DWI)です。
拡散強調像ではこれらの嚢胞は著明な高信号を示し、かつADCの信号低下を認めます。
これらから膿瘍が疑われます。
抗生剤に反応不良であったため、婦人科にて手術(術式:両側付属器切除術)が施行されました。
【腹腔内所見】
腹水:少量、清
癒着:腫大した左付属器が全体にS状結腸に癒着、回盲部が腹膜に膜状に癒着
子宮:全体に腫大し鵞卵大、周囲と癒着なし
付属器:
右卵巣、卵管ともに正常大
左卵管は全体的に腫大し、卵管采は癒着のため確認できず。卵巣は4cm大に腫大
ダグラス窩:癒着なし、異常所見なし。
その他:腹膜は全体に炎症性に肥厚、上腹部(肝表面まで)、腸管に異常所見なし、
左付属器が腫大し、S状結腸に癒着。
骨盤腹膜や広間膜が炎症性に肥厚し、これらと一塊になり癒着していた。
腫大した卵巣と腫大した卵管が一塊に癒着し、これがS状結腸と癒着。
背側にも腫大した卵管が癒着していた。
この所見と術前のMRIを比べると、このレベルで大きな嚢胞が2つ並んでいます。
- 右側:腫大、膿瘍を伴う卵巣
- 左側:腫大、膿瘍を伴う卵管で、上下に管状連続性あり
ということが改めて確認できますね。
卵巣卵管内の膿汁が細菌検査に出されて、大腸菌(Escherichia coli)が検出されました。
関連:骨盤内感染症・骨盤内炎症性疾患(PID)の画像診断のポイントは?
その他所見:肝嚢胞散見。
子宮底部筋層肥厚あり。T2強調像で高信号の点状構造が散見され、一部は脂肪抑制T1強調像で高信号を示し、点状出血を伴っていることがわかります。子宮腺筋症を疑う所見です。
また、子宮頚部にナボット嚢胞/子宮筋層内に子宮筋腫あり。
子宮内腔に低吸収の管状構造あり。→後に手術がされました。
術式:子宮鏡検査、子宮内膜ポリープ切除術
子宮鏡所見
子宮頚部:子宮体部よりポリープ様組織あり、頸管まで達する。
子宮内腔:両側卵管口を確認
病理にて子宮内膜ポリープ(Endometrial polyp)と診断された。
質問なのですが、サラッとした漿液性の液体は水に近い性状なのでT2WI高信号、T1WI低信号をDWIて拡散制限なしと理解しています。また、T1WIは膿瘍や血腫など高タンパクな性状で高信号になったりすると理解しています。(逆にT2WIは低信号より)
しかしながら、今回の症例のように、しっかり拡散制限があるような粘調性が予想される液体であるにも関わらず、T1WIで均一な低信号、T2WIで高信号と言うのはどの様に理解すれば良いのでしょうか。
おっしゃるように、漿液性の液体貯留はT2WI高信号、T1WI低信号で非常にわかりやすいですね。
チョコレート嚢胞などを考えると、血腫や蛋白濃度が強くなるとT1WIは高信号になることが知られていますが、T1WIとT2WIの組み合わせにはいろんなパターンがあります。
T1WIとT2WIの信号強度と粘稠度の関係として以下の表が知られています。
これによると今回の症例では、
- T2WI:やや高信号(ニボー像あり下の方はやや低信号)
- T1WI:低信号
となっています。
ですので、上のように、粘液と自由水の間くらいの状態であると推定されます。
T1WIとT2WIの信号パターンの組み合わせは、白黒はっきりしないのでややこしいですね(^_^;)
関連:
症例67の動画解説
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
>原因は子宮を介しての上行性感染(主に性行為感染症)がほとんどであり、淋菌、クラミジア、大腸菌や膣・頸管の常在菌群の感染が原因となる。
>近年、大腸菌やバクテロイデスなどの一般細菌が増加している。
>多くは複合感染。結核性は血行性。
>危険因子は若年者、複数の性行為パートナー、経膣的医療行為(人工授精など)、子宮内膜細胞診、子宮内避妊器具(intrauterine cotraceptive device:IUD)。
勉強になりますね~~(^^♪
・今回の起因菌の情報があればご教示いただけますと幸いですm(__)m
そして、、今回はどっちかっていうと、子宮が気になっていて、こっちもとても勉強になります(^^♪
「バリバリ筋肉なのに、嚢胞なんて出来るの(;´Д`)?」って思ってましたけど、
頚管腺がありますもんね(^^)
移行帯に多発するのも納得です(^▽^)/
アウトプットありがとうございます。
>今回の起因菌の情報があればご教示いただけますと幸いですm(__)m
確かに起因菌を書いていないですね。
調べますので少々お待ちください。(木曜日は外勤日)
>そして、、今回はどっちかっていうと、子宮が気になっていて、こっちもとても勉強になります(^^♪
おっしゃるようにCTでは子宮もサイズが大きく、不鮮明で気になりますね。
腺筋症かつ筋腫かつナボット嚢胞もあるので、目立ちますね。
膿瘍腔からEscherichia coliが検出されていました。追記します。
血管を追っていくことで由来臓器を判断するのですね。
位置関係から腸管由来ではないというだけで、卵巣由来と断定してしまっていました…反省します。
恥ずかしながら脳梗塞以外のDWIの用途を知らず、膿瘍と判断するためにも使えるということを初めて知りました。
勉強になりました。
ありがとうございました!
アウトプットありがとうございます。
>恥ずかしながら脳梗塞以外のDWIの用途を知らず、膿瘍と判断するためにも使えるということを初めて知りました。
脳でも脳梗塞以外に
脳膿瘍
悪性リンパ腫
など様々な疾患でDWIは高信号になりますので、この機会にチェックしてみてください。
https://xn--o1qq22cjlllou16giuj.jp/archives/25554
拡張した卵巣と卵管が
下行〜S状結腸を押さえているので
上部の横行結腸ならびに他の結腸、
小腸が拡張して、イレウスのような所見を
作っている様に見えます。
これも一種の機械性、閉塞性イレウスに
なるのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>拡張した卵巣と卵管が
下行〜S状結腸を押さえているので
発想は良いと思いますが今回はS状結腸が閉塞機転とすると、下行結腸にまず拡張を認めて欲しいですね。
その下行結腸に拡張を認めていませんので、癒着性イレウス(腸閉塞)という状態には今回は至っていません。
今回は至っていませんが、炎症により結腸が狭窄を来して大腸イレウス(腸閉塞)を来すことはあります。
お世話になっております。
左卵管卵巣膿瘍の記載の表現に悩みました。「多房性嚢胞病変」と書けばよかったんですね実際、「どのように記載すればよいのか」という場面でも勉強になっています。
番外の所見ですが、MRIでの「子宮内腔に低吸収の管状構造」の子宮内膜ポリープも覚えておきます。
アウトプットありがとうございます。
>左卵管卵巣膿瘍の記載の表現に悩みました。
確かに表現は難しいですよね。とくに肺野で悩むことが多いです。
>番外の所見ですが、MRIでの「子宮内腔に低吸収の管状構造」の子宮内膜ポリープも覚えておきます。
内膜ポリープも重要な所見ですね。
体癌との鑑別が重要となります。
卵管はあんまり念頭になかったです.確かに女性では意識しておくべき膿瘍の原因ですね.勉強になりました.
アウトプットありがとうございます。
そうですね。女性の骨盤腹膜炎は今回のように膿瘍を形成していないとCTでは少なくとも同定困難なことが多いです。
逆にいえば、膿瘍があれば同定できる数少ない骨盤腹膜炎の所見となりますので、覚えておいてください。
色々考えすぎてなのか、あるいは季節柄か笑、最近はむしろあらぬ誤診(今回はなぜかAFBN)が減らないというか、むしろ増えているように思います。
正常所見もよく見て、正しく診断できるようにします(;’∀’)
卵巣は「嚢胞」と書いてしまいましたが、嚢胞との違いは、壁の造影効果とかでしょうか?
単純でも吸収値が違いますか?
あと、他の方も書いているみたいですが、小腸の液貯留が目立つように見えてしまいました。
これは正常範囲なんでしょうか? 「二ボー形成」があるように思ってしまいました(;’∀’)
アウトプットありがとうございます。
>最近はむしろあらぬ誤診
advance(症例51−70)については、そういうものもある!程度で考えていただいて大丈夫なものが多いので、
正解にたどり着かなくても問題ありません。(正解にたどり着いて欲しい症例もありますが。)
>卵巣は「嚢胞」と書いてしまいましたが、嚢胞との違いは、壁の造影効果とかでしょうか?
単純でも吸収値が違いますか?
そうですね。単なる嚢胞ならば壁は造影されませんね。
吸収値は膿瘍の方が高くなりますね。
単純CTでも他の漿液性液貯留と比べると高吸収に見えるのでしょうけど、
今回尿も溜まっていないですし、比較するのが難しいですね。
CT値も測定できない環境ですので。
>小腸の液貯留が目立つように見えてしまいました。
これは正常範囲なんでしょうか? 「二ボー形成」があるように思ってしまいました(;’∀’)
これくらいならば正常範囲内と考えます。拡張もそんなに認めません。
こんばんは。いつもありがとうございます!
①今回は腸管と連続性のない、互いに隔壁を有している複数の膿瘍、という指摘にとどまってしまいました。よくよくみると卵管の部分はつながっていたんですね!
②周囲に脂肪織濃度の上昇がないかどうかや、腹膜の肥厚の有無を確認したのですが、どちらも見つけられず回答に自信を持てないでいました。腹膜の肥厚はあるということで、まだまだ読みが浅かったです。
③MRIの基本的な特性についての入門書を読んだせいか、最近ごろ〜先生のMRI画像の解説が前よりもわかるようになってきました!
アウトプットありがとうございます。
>①今回は腸管と連続性のない、互いに隔壁を有している複数の膿瘍、という指摘にとどまってしまいました。
ここまで指摘できたらまずはOKですね。
>よくよくみると卵管の部分はつながっていたんですね!
そうなんです。卵管はこのように管状に見えることがありますので、追ってみてください。
>腹膜の肥厚の有無を確認したのですが、どちらも見つけられず回答に自信を持てないでいました。腹膜の肥厚はあるということで、まだまだ読みが浅かったです。
そうですね。腹膜はやはり左で有意な肥厚を認めていますね。
>③MRIの基本的な特性についての入門書を読んだせいか、最近ごろ〜先生のMRI画像の解説が前よりもわかるようになってきました!
それはよかったです。
基本的な読むべきポイントはこの講座を復習するだけでも救急レベルならば問題ないと思います。
いつも勉強になる症例ありがとうございます。
質問なのですが、サラッとした漿液性の液体は水に近い性状なのでT2WI高信号、T1WI低信号をDWIて拡散制限なしと理解しています。また、T1WIは膿瘍や血腫など高タンパクな性状で高信号になったりすると理解しています。(逆にT2WIは低信号より)
しかしながら、今回の症例のように、しっかり拡散制限があるような粘調性が予想される液体であるにも関わらず、T1WIで均一な低信号、T2WIで高信号と言うのはどの様に理解すれば良いのでしょうか。
アウトプットありがとうございます。
いただいた質問非常に重要だと思われますので上に追記しました。
動画で先生がされているように、病変部が卵巣だということをきちんと確認することはできましたが、病変が何かというところまでは。。orz
以前、先生が腸管と連続性のない壁に造影効果を認める低吸収域を認めたら、膿瘍を考えてくださいとおっしゃっていたので、もしや。。と思いましたが、漿液性or粘液性嚢胞腺癌も捨てきれませんでした。
もしこれらであれば、隔壁があって連続性はないはずですし、壁も造影されないですかね?
アウトプットありがとうございます。
>病変部が卵巣だということをきちんと確認することはできましたが、病変が何かというところまでは。。orz
あと一歩ですね!
>漿液性or粘液性嚢胞腺癌も捨てきれませんでした。もしこれらであれば、隔壁があって連続性はないはずですし、壁も造影されないですかね?
もちろんそれらの可能性は常に考える必要がありますが、仮にこれらを伴っていたとしても今回はCRP高値で炎症をまずは疑うべきです。
CTではこれらを区別は難しいと思われます。
隔壁に造影効果も伴ってもおかしくありません。
MRIのDWI/ADCの所見が膿瘍に合致しますね。
左下腹部に膿瘍を形成する腫瘤があり、左卵巣静脈を追うことでそれが卵巣らしいということを確認していく、ということがよくわかりました。解説動画を見た後、自分でも今回は追うことができました。難問の突破口になりますね。
アウトプットありがとうございます。
>左下腹部に膿瘍を形成する腫瘤があり、左卵巣静脈を追うことでそれが卵巣らしいということを確認していく、ということがよくわかりました。
MRIは卵巣を同定しやすいですが、CTではしにくいので、卵巣静脈を逆に追うことは一つの手段ですね。
>難問の突破口になりますね。
なりますね!
症例提示ありがとうございます。
主題に関しては正答できたのですが、
他の方と同じように、目立つ子宮に目を奪われて子宮留膿腫の合併を疑いました。
骨盤MRIは自分で見る機会はほぼないので、
正直子宮腺筋症もナボット嚢胞も全て初耳でしたが、
CTの時点では、子宮はどう言う解釈になるのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>主題に関しては正答できたのですが、
他の方と同じように、目立つ子宮に目を奪われて子宮留膿腫の合併を疑いました。
CTの時点では、子宮はどう言う解釈になるのでしょうか?
子宮についてはCTでは評価が難しいので、子宮留膿腫の合併を疑う点は問題ありません。
左卵巣卵管膿腫の可能性を考えられたのならばです。
救急外来でこの方が来られたときに、骨盤内感染症疑いとして、婦人科にコンサルトできることがこの講座のある意味ゴールとも言えますので。
ただし、子宮と左卵巣卵管と連続性がないのでそこの説明が難しいですね・・・。
CTでの子宮の解釈は難しいですが、子宮筋腫、ナボット嚢胞がある点は指摘できます。
あとは、子宮腺筋症がありそうだという点は指摘できます。
左卵巣卵管膿腫と連続性があるのならば、内膜炎やおっしゃるように子宮留膿腫の可能性も考慮するかもしれません。
>骨盤MRIは自分で見る機会はほぼないので、
正直子宮腺筋症もナボット嚢胞も全て初耳でした
MRIはなかなか見られる機会はないかもしれません。
子宮腺筋症もナボット嚢胞も頻度が多いのでここで見たことがあるという経験が重要になります。
お返事ありがとうございました。
> CTでの子宮の解釈は難しいですが、子宮筋腫、ナボット嚢胞がある点は指摘できます。
CTでもそこは判断可能なのですね。
子宮がブラックボックスすぎて他に異常が見当たらなかった場合、
子宮の非救急疾患の所見に引っ張られそうです。
精進致します。
産婦人科の画像の教科書はMRIの記載ばかりですので、
CTでどのように見えるのかに主眼を置いて、
大雑把に解説する本が出版されれば、結構売れる気がします。
>子宮がブラックボックスすぎて他に異常が見当たらなかった場合、
子宮の非救急疾患の所見に引っ張られそうです。
それはよほど読める方でないとそうなると思います。私もそうなります。
>産婦人科の画像の教科書はMRIの記載ばかりですので、
CTでどのように見えるのかに主眼を置いて、
大雑把に解説する本が出版されれば、結構売れる気がします。
そのような書籍がないのは、結局CTでは限界があるからだと思われます。
今回造影があるからまだしもですが、単純のみならなお一層厳しいですね。