症例8 解答編

症例8

【症例】70歳代男性
【主訴】左鼠径部の膨隆、疼痛、腹部膨満、嘔吐

画像はこちら

小腸は拡張し、ニボー像を認めています。
小腸イレウスを疑う所見です。

イレウスを見たら、閉塞機転がないかをチェックします。

下の方までチェックすると・・・主訴からもヒントがあるように、左鼠径部に腸管の逸脱を認めています。
左鼠径ヘルニアが疑われます。腸管が嵌頓し、そこが閉塞機転となって口側の小腸が拡張しています。

診断:左鼠径部の外ヘルニア嵌頓による小腸イレウス

ちょっとここからは難しい話になります。

鼠径部のヘルニアが嵌頓して、小腸イレウスとなっている!と言う点に気づければ救急画像診断としてはクリアと個人的には考えます。

鼠径ヘルニアには内(直接)鼠径ヘルニア外(間接)鼠径ヘルニアがあります。

また、似たような部位に起こるヘルニアに、大腿ヘルニアがあります。

これらの鑑別点は以下の通りです。

大腿・直接鼠径・間接鼠径ヘルニアの特徴と鑑別1)
鼠径靱帯の 下腹壁静脈の 関係が深いのは 脱出方向
大腿ヘルニア 下(後) 内側 大腿静脈、大伏在静脈 足方
内(直接)鼠径ヘルニア 上(前) 内側 足方
外(間接)鼠径ヘルニア 上(前) 外側 精索(子宮円索) 内側足方

ここでのポイントは、内(直接)鼠径ヘルニアと外(間接)鼠径ヘルニアの鑑別は

  • 下腹壁静脈の内側から出ている→内(直接)鼠径ヘルニア
  • 下腹壁静脈の外側から出ている→外(間接)鼠径ヘルニア

と言う点です。

今回の症例の横断像です。

腸管は下腹壁動静脈の内側から出ていることがわかります。

内(直接)鼠径ヘルニアか、外(間接)鼠径ヘルニアかといわれれば、内(直接)鼠径ヘルニアということになります。

ただし、大腿ヘルニアも下腹壁動静脈の内側から出ます。

では両者の鑑別はどうすればいいのでしょうか?

上の表にあるように、

  • 鼠径靱帯の上(前)から出ている→内(直接)鼠径ヘルニア
  • 鼠径靱帯の下(後)から出ている→大腿ヘルニア

となります。

この図がわかりやすいです。

ここまでわかる急性腹症のCT第2版 図3 大腿ヘルニアの経路(右鼠径部を前足方から見た図)より引用改変

しかし、横断像では鼠径靱帯の同定は困難です。
そこで、冠状断像が必要となります。

今回の症例の冠状断像です。

前側のスライスでは鼠径靱帯のラインを追うことができます。その下に逸脱腸管を認めています。

やや後(背側)にスクロールすると腸管が逸脱している様子がわかります。

つまり、鼠径靱帯の後ろから逸脱していることがわかり、大腿ヘルニアであることがわかります。

また、大腿ヘルニアの特徴として、逸脱腸管は、大腿静脈および大伏在静脈常に隣接している(内側に向かない)と言われています。

今回の症例でも、大腿静脈のすぐ横を離れることなく伴走しています。
この所見も大腿ヘルニアを示唆する所見です。

 

一旦用手還納されましたが、嵌頓のエピソードが2回目ということで、その後手術となりました。
(逸脱した腸管の壊死は認めず、腸切除は行われていません。)

そして、オペレコでは左鼠径ヘルニア(direct + indirect両方あり)となっていました。

それもあり、私は鼠径ヘルニアの症例として重宝してきたのですが、実はよくよく見ると大腿ヘルニアのようです。

しかし、手術をして大腿ヘルニアであることに気付かずそのまま鼠径ヘルニアとして手術をしてしまうことがあるのでしょうか?

そこで外科の同期にLINEで聞いてみました。

とのことです。

鼠径ヘルニアと大腿ヘルニアを鑑別するのは難しいですが、外科的には、術前に鑑別出来ていた方が良いと言うことですね。

私も勉強になりました(汗)

より詳しい診断:左大腿ヘルニア嵌頓による小腸イレウス

参考文献:
1)ここまでわかる急性腹症のCT 第2版 P33

関連:

その他所見:

  • 腎嚢胞あり。
  • 膵尾部に脂肪迷入の疑い。
  • 腹部大動脈に局所的な陳旧性解離を疑う所見あり。(38/93)
イレウスと腸閉塞の違い

個人的にはどうでもいいと思っているのですが、ここのところ欧米の分類にならい、

  • イレウス=閉塞機転のない従来の麻痺性イレウス
  • 腸閉塞=閉塞機転のある従来の機械性イレウス

と言う風に言葉を使い分ける流れがあります。

ですので、それに従うと今回の症例は、

左大腿ヘルニア嵌頓による小腸イレウス
→左大腿ヘルニア嵌頓による小腸腸閉塞

と表現するべきだ!ということになります。

「ほな、絞扼性イレウスは、どうなんや? 絞扼性イレウスは閉塞機転があるのが普通やないか!?教科書にも絞扼性イレウスと書いとるやないか。ほな、なんや、絞扼性腸閉塞とでも言うんか?」

と思って、教科書を見てみるとここのところ、イレウス、イレウスと書いていた教科書も版が新しくなっているものは

「絞扼性腸閉塞!!(ですが何か?)

と変わっています(;゚ロ゚)。

 

いやいや、自分こないだまでイレウスって言ってたやん!!的な。

 

 

個人的にはどうでもいいと思っているので、今回のこの50症例では、「イレウス、イレウス」と言っている傾向がありますが、そのような流れがあることは頭に入れておいてください。

2020年2月12日追記。先日こんなツイートが。この方は私は知らない方ですが。

令和の時代には許されないと考えている人もいるようですので、そろそろ何でもイレウスではなくて、閉塞機転がある場合は、「腸閉塞」という言葉を使った方がいいのかもしれません(^_^;)

という流れを踏まえて、こちらの動画を見てください。

症例8の動画解説

腸閉塞とイレウス、外ヘルニアについて

より正しい診断:左大腿ヘルニア嵌頓による小腸腸閉塞

症例8のQ&A
知識だけでは大腿ヘルニアと鼡径ヘルニアの鑑別は分かっているつもりでしたが、CT上での鑑別方法がわかりませんでした。
大腿ヘルニアの診断は結構難しいです。
書籍「ここまでわかる急性腹症のCT」に鑑別方法の記載があります。
ヘルニアで脱出している小腸をS状結腸と勘違いしていました。直腸や上行結腸、下行結腸から辿ろうとして確認を試みたのですが、途中で分からなくなっていました。今から考えてみると、S状結腸は捻転は聞いても脱出はあまり聞いたことがなかったのですが、考えているときには気づきませんでした。実際にはS状結腸がヘルニアで脱出することはあるのでしょうか?
通常鼠径ヘルニアでは小腸が脱出します。
ごく稀にS状結腸が脱出することもあるようです。結腸は基本的に肛門部から口側に追うことができますが、今回のケースでは結構追いにくいですね(^_^;

https://www.youtube.com/watch?v=8q5wTcThWU4 
(音声はありません)
whirl signも見られるように思うのですが、鼠径ヘルニアに伴い2部位以上同時に閉塞することはあり得ますか?小腸で拡張⇒正常の太さになる部位があるので気になります。徒手整復で治ったようなのでこのコメントは間違っているのでしょうね。もし仮に二部位疑った場合は、緊急性がない場合非侵襲性に治療できるものから治療し様子を見るものでしょうか?よろしくお願いいたします。
2カ所別々で同時にというのは基本的にはありません。
whirl signは正常でも見られることがありますので、注意が必要ですね。
左鼠径ヘルニアに気づきませんでした。
イレウスを見たときに拡張した腸管を追って閉塞機転を見つけるようにしましょう。
鼠径ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアは下の方まで見ていかないと気付かないことがあるので、注意が必要です。
小腸がぐるぐるしているように見え、重積かと思ってしまいました。
まずはイレウス(腸閉塞)であることに気付きましょう。
閉塞起点を探すのがやはり苦手です。注意点を参考にこれから読影していきます。
拡張した腸管を丹念に追うしかないですね(^_^;
小腸に残渣が残っている場合は、そこが手がかりとなることもあります。
主訴からヘルニアっぽい、鼠径部の逸脱した腸管は見えたのですが、小腸なのか大腸なのかはわかっていませんでした。質問なのですが、脱出した腸管の通っている鼠径管そのもの、もしくはそれを示唆する周囲の構造物はわかるのでしょうか。鼠径部だから鼠径ヘルニアと単純に考えてよいのでしょうか。また、外鼠径ヘルニア・内鼠径ヘルニアはどう鑑別すればよいでしょうか。
下腹壁動静脈で外鼠径ヘルニアと内鼠径ヘルニアを鑑別します。
あとは、鼠径靱帯を冠状断でチェックします。
鼠径管そのものは見えないと思います。
これまで、内・外鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの鑑別について意識したことがなく(ヘルニアでイレウスになっています!で終わっていました)、何も考えずに鼠径ヘルニアと回答してしまいました。鑑別のしかたの解説、とても分かり易かったです。
ありがとうございます。
「ヘルニアでイレウスになっています!で終わっていました」
でぶっちゃけいいと思いますが、より細かく分類すると今回のようになります。
この症例は大腿動静脈のそばで消えてしまうので大腿ヘルニアかなって。大腿ヘルニアはイレウスを起こしやすいし。
おっしゃるとおりです!!!
閉塞部位のわかるようなイレウスは腸閉塞と書くようにしていた(もちろん、イレウスも併記)のですが、ようやく時代が僕に追いついてきましたね(笑)
追いついてきましたね。時代を先取っていましたね(笑)。
大腿ヘルニアと鼠経ヘルニアの鑑別まで考えていたことがありませんでした。今後しっかり意識してみていきたいと思います。
忙しい現場では、鼠径部ヘルニアによるイレウス! で良いのかも知れませんが、
お時間あるときに意識してみてください。
今回のヘルニアの症例では、ヘルニア内容の小腸が一部造影不良に見えて、徒手整復は微妙かな、と思ったのですが、本症例の評価はいかごでしょうか?
一旦徒手整復はされたようです。
がその後手術となりました。
壊死所見は認めず、腸切除はなされず、ヘルニア根治術が施行されました。徒手整復後のCTなどはないので、本当にできたのかは確認できませんが。
鼠経靭帯がコロナルですと非常にわかりやすくなり、目から鱗でした!
私もこの同定方法を知ったときは目から鱗でした(^o^)
安易に鼠径ヘルニアと診断してしまいました。ヘルニアの復習しておきます。手術所見では腸管の壊死は認めなかったとのことですが、逸脱腸管の造影効果が乏しいように見えました。画像上は血流障害ありと判断しても良い所見でしょうか。
そうですね。とくに先端部では画像上は腸管虚血が疑われますね。
当初脱出腸管の先端部(No72-75)をみて造影効果が不良と判断しました.
ですが見直すと70 では腸管壁に造影効果はありました.CT画像上その11−14時方向に低吸収に見えているのは浸出液で,それが先端部までみえているということでしょうか.
手術所見で腸管壊死があったかも教えていただければ嬉しいです.
おっしゃるとおりだと思います。
横断像・冠状断像をよく見直してみますと、確かに逸脱した腸管の周囲に液貯留を認めており、ヘルニア水を見ていると思われます。
逸脱した腸管の造影効果は確かにゼロではないですが、弱く虚血に陥っていると考えられます。
またヘルニア水の存在もそれを示唆します。手術では腸管壊死は認めず、ヘルニア根治術のみが施行されました。
No38-58 で上腸間膜動静脈が渦状に走行して見え(Whirlpool signのよう),中腸軸捻転のような画像にみえてしまいました。腸間膜動脈の走行をあまり意識してみていなかったのですが,正常の方でもこのように見えることはときどきありますか?それとも腸閉塞による拡張小腸の位置関係によっては腸間膜が多少ねじれるのでしょうか.
おっしゃるように渦状ですね。
Whirlpool signは正常でも見られることがときどきあります。
今回もとくに有意ではないと考えます。
イレウス、ヘルニアとしか分からなかったのが、ヘルニアの種類が初めて分かりました。
ありがとうございます。
鼠径ヘルニアの種類は少し細かい話になってしまいますが、この機会に鑑別の仕方なども含めて見ておいてください。

お疲れ様でした。

今日は以上です。

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