【胸部】症例8
【症例】60歳代男性
【主訴】発熱
【現病歴】1週間前より発熱あり、消化器内科定期外来で来院。咳なし、痰なし。
【既往歴】胃癌術後、IPMN、ASO、C型肝炎
【生活歴】喫煙:50本/日 20-60歳、飲酒歴:以前は大酒家(ブランデーボトル3分の1〜2分の1程度。)、一人暮らし、ADL自立
【身体所見】胸部:呼吸音 clear、左右差なし、no rales、他特記すべき異常所見なし。
【データ】WBC 10900、CRP 6.30
画像はこちら
胸部レントゲンでは、左下肺野に腫瘤影を認めていることが一目瞭然ですね。
さらに、今回のレントゲンでは以下のことに気づけるようにしましょう。
- 肋骨横隔膜角(CP angle)が鈍(dull)である。
- 横隔膜が平坦化している。
- 両側肺野の透過性が亢進している。
- 過膨張がある。
と言った点です。いずれも肺気腫を示唆する所見です。
過膨張があるかどうかというのは、横隔膜と肋骨の位置関係から判断できます。
レントゲンにおける横隔膜の位置としては、
- 横隔膜は第10後肋間、第6肋骨前縁にある。
- 横隔膜は左は1-3cm低い。心臓があるから。
- 肥満の人は腹部の脂肪や内臓が横隔膜を下から圧迫するため、横隔膜が高位になる傾向があり、痩せている人・高身長の人は逆に低位になる傾向がある。
と言った点が重要です。
肋骨との関係では、横隔膜は第10肋骨後面〜11肋骨後面、第6肋骨前縁に位置するのが正常となります。
ですので、上のように上から数えていくと、今回明らかな過膨張が存在していることがわかります。
次にCTを見てみましょう。
CTでは左下葉S9に楔状の浸潤影を認めています。
縦隔条件で見ると内部に低吸収の液貯留を疑う所見を認めています。
また液貯留のまわりは造影効果がやや強いことがわかります。
肺炎に加えて、肺膿瘍(肺化膿症)を伴っていることが疑われる所見です。
※炎症は胸膜にも達してますので胸膜炎を合併している可能性はありますが、胸痛の訴えは認めず、肺炎+肺膿瘍と診断されています。
診断:肺炎+肺膿瘍(肺化膿症)の疑い
※尿中肺炎球菌抗原(-)、尿中レジオネラ抗原(-)で抗酸菌は塗抹、培養、遺伝子検査いずれも陰性でした。また喀痰培養からは原因となりそうな菌は検出されず、原因菌ははっきりしませんでした。
〜〜退院サマリーより引用〜〜
肺炎球菌・インフルエンザ桿菌・クレブシエラなど、細菌性肺炎として可能性が高い細菌とは別に、グラム陰性桿菌や嫌気性菌カバー目的でCTRX+CLDM(セフトリアキソン+クリンダマイシン)で治療開始した。
入院1週間後に、labo dateにおいて炎症反応は改善傾向、胸部レントゲンはほぼ不変。症状も軽快したが、肺膿瘍の残存の可能性は高く引き続き入院による抗生剤治療が望ましいと考えられたが、本人の希望強く入院9日目に退院。
GRNX(ガレノキサシン)内服に切り替え外来フォローとなる。
また、レントゲンでも指摘できた肺気腫ですが、CTでも気腫性変化を確認できます。
※腫瘍の可能性も否定できませんでしたが、その後のフォローのレントゲン、CTでは経時的に陰影のサイズは縮小してます。
1年10カ月後のCTです。
左下葉の浸潤影は消失して瘢痕化していることがわかります。
追記:
XPで、右中下肺野内側が濃度上昇してるように見えるのですが、CTでは何もありませんよね…
正常でもこのように見えるものでしょうか?
と質問をいただきました。
確かに血管だけでは説明がつかない右下肺野内側に濃度上昇があるように見えます。
ところが、胸部CTの肺野条件を見ても何もありません。
縦隔条件で見てみると・・・
右第5,6肋骨の肋軟骨の化骨が強いことがわかります。
高さ的にもちょうど合っています。
つまり、右中下肺野内側が濃く見えるのは、この影響であると考えることができます。
【胸部】症例8の動画解説
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
形、血管を引き込んでいるように見えて、
周りにスピキュラを伴っているように見えたので肺癌と書いてしまいました。
肺癌と疑ってもおかしくない症例でしょうか?
現場で撮影するとおそらく
!!と思います。
アウトプットありがとうございます。
>肺癌と疑ってもおかしくない症例でしょうか?
おっしゃるように肺癌の可能性は常に考えなくてはなりません。
ただし今回は、発熱があり縦隔条件で低吸収部分もありますので、より疑わしいのは肺膿瘍ということになります。
肝臓などの膿瘍と同等に、肺化膿症も膿瘍腔を肉芽組織が覆っていて、リング状の造影効果を呈するということですね。勉強になりました。
アウトプットありがとうございます。
>肺化膿症も膿瘍腔を肉芽組織が覆っていて、リング状の造影効果を呈するということですね
おっしゃるとおりです。肝臓などのようにわかりにくいケースもありますが、膿瘍はどこにできても基本同じような感じですね。
膿瘍のような成分があるなとは思いましたが、そういった成分を含む腫瘍があるのかと判断してしまいました。膿胸との違いも勉強になりました。
肺気腫の所見は大体拾えたのでほっとしました。実際はこういった慢性変化が一番よく見られると思いますので、急性期病変と合わせて解説していただけて大変勉強になります。
アウトプットありがとうございます。
>実際はこういった慢性変化が一番よく見られると思いますので、急性期病変と合わせて解説していただけて大変勉強になります。
そうですね。頻度が多く、日常臨床で見るのはむしろこちらですね。
このあたりは出てきたらカバーしていくと同時にこれから作る(かもしれない)胸部TIPSでも扱えたらと思います。
肺膿瘍はわかりましたが、背景肺をきっちり評価することは出来ていませんでした。レントゲンの読み方も勉強になりました。
動画解説の途中の「ランダムパターン」の字幕は誤植でしょうか?
アウトプットありがとうございます。
勉強になってよかったです。
>動画解説の途中の「ランダムパターン」の字幕は誤植でしょうか?
ありがとうございます。完全誤植です!修正します。
こういった指摘は大変助かります。
結核の空洞との鑑別は、内部が膿で満たされてるか否か、といったところでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
結核の場合は小葉中心性の粒の細かい粒状影やtree in bud appearanceが周囲に見られたりしますが、今回はそのような所見はありません。
乾酪壊死物質が排出されると結核の場合は空洞を来しますが、これらの所見を周りに伴っているのが通常です。
今回も勉強になりました。
肺膿瘍はいいとして、肺炎を合併しているといえる所見は何になるのでしょうか。
アウトプットありがとうございます。
>肺膿瘍はいいとして、肺炎を合併しているといえる所見は何になるのでしょうか。
膿瘍の周りにあるコンソリデーションは肺炎像と考えられます。
胸腔内に膿胸を合併したり、胸膜肥厚を伴う場合もありますが、今回はそういった所見は認めませんね。
当初、肺気腫にともなう肺炎を考えたのですが、末梢性の肺癌で低吸収部分は壊死組織なのか?と考えてしまいました。本例も関連症例もそうですが、肺野条件で腫瘤様にみえる部分にair bronchogramが見えることで、肺癌ではないと考えてよいでしょうか?あるいは肺癌でもair bronchogramは見えてもよいのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
肺炎と肺癌は明らかな場合以外は画像のみでは鑑別できません。
今回の肺炎+肺膿瘍が軽減したあとで、肺癌が残っているという可能性は常にありますので、画像でのフォローが重要となります。
今回も肺癌は鑑別に入れるべきですね。
>縦隔条件で見ると内部に低吸収の液貯留を疑う所見を認めています。
縦隔条件で結節影を見てませんでした( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )
次から見ます!いつも勉強になります!ありがとうございます!
アウトプットありがとうございます。
>縦隔条件で結節影を見てませんでした( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )
単なる肺炎の場合でも今回のように濃い陰影の場合は、縦隔条件でもどのように見えるのかチェックしましょう。
( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )←これいいですね。
「肺野条件の濃度を上げて相対的に気腫を目立たせる」技、是非使ってみたいと思います。
質問ですが、COPD肺の吸気相のみの気腫性変化を指してair trappingがあると表現する方がいらっしゃいます。私は呼気相と吸気相にて呼気で肺内の空気が減少せず正常肺に対して呼気相で相対的に低濃度を示し、モザイクパターンの濃淡を示す場合などがair trappingがある状態だと認識しており、吸気相のみでair trappingがあると指摘することは難しいと直感的に考えます。
画像診断にてair trappingを認めるとはどのような状態を指すのでしょうか、理解不足のため質問内容が的確さを欠いている気がしますが申し訳ありません。
アウトプットありがとうございます。
>「肺野条件の濃度を上げて相対的に気腫を目立たせる」技、是非使ってみたいと思います。
気腫であることは非常に見やすくなりますので是非使って見てください。
>吸気相のみでair trappingがあると指摘することは難しいと直感的に考えます。
おっしゃるとおりです。吸気と呼気で比較しないと厳密には言えません。
>画像診断にてair trappingを認めるとはどのような状態を指すのでしょうか
air trappingとは、特に呼気時に過剰ガスが貯留していることで、気道閉塞や肺コンプライアンスが局所的に起こっているために起こります。
画像では、呼気時には肺実質は吸気にくらべて濃度上昇(白くなる)を来しますが、air trappingが起こっているところでは濃度上昇をきたさないのが特徴です。
吸気相でair trappingと表現されているのは、この周りと比べて濃度上昇をきたさない(低濃度域となっている)場合かと考えますが、これには、真のair trappingと肺動脈抵抗の上昇により低血流量となった結果、低濃度域となったものも含まれています。
(実はこのあとの症例で同じように吸気相のみの撮影で、air trappingと私が表現しているものも出てきますが、これも肺動脈抵抗の上昇により低血流量となった結果、低濃度域となったものの可能性もあります。)
参考:臨床画像 Vol.27,No.4,2011 P477
発熱のみで呼吸器症状なく、胸部所見も異常なし、軽度炎症所見から肺癌と間違えました。
画像所見が楔状の腫瘤影であるところが、肺炎、肺膿瘍との決め手なのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
他の方にも記載しましたが、今回は画像だけでは肺癌は否定できませんので、少なくともレントゲンなりでフォローしていく必要があります。
おっしゃるように楔状であったり、また気管支S9に充満を認めている点が感染性を示唆する所見といえます。
また、炎症反応も上がっていますし、1週間前から発熱を認めている点はやはり何か感染が疑わしいですね。
中に、抗生剤に反応しない浸潤影の場合は、肺炎型を示す肺癌(浸潤性粘液産生性腺癌)もありますので注意が必要ですね。
まずは加療して陰影を追うことが重要ですね。
参考
https://xn--o1qq22cjlllou16giuj.jp/archives/698
ここまでの質問への解説で、考える疾患は理解できたと思います、ありがとうございます。
質問ですが。今回の病変の表現ですが、浸潤影が一番濃く大きいスライスでは腫瘤状にも見えてしまうのですが、どうでしょうか。周囲に淡い浸潤影がある事等から、やはり浸潤影という表現なのでしょうか。
アウトプットありがとうございます。
>浸潤影が一番濃く大きいスライスでは腫瘤状にも見えてしまうのですが、どうでしょうか。周囲に淡い浸潤影がある事等から、やはり浸潤影という表現なのでしょうか。
確かにかなり陰影が濃く、サイズも大きいので腫瘤影と表現されてもいいと思います。
コンソリデーション(≒浸潤影として私は使うことが多いですが)は内部にair bronchogram(気管支透亮像)を伴う場合もあれば、伴わない場合もありますので、今回のように伴わない場合に用いても構いません。
頭が肺がん悪性腫瘍にかたよりすぎて肺化膿症の可能性を考えられませんでした.化膿症・肺炎⇄肺がんいつも鑑別を行き来できるようにトレーニング頑張ります.
他の方もかかれているように腫瘤影周囲の浸潤影をスピキュラ・血管の集簇ととらえてしまいました.この二つを区別するポイントはありますか?
アウトプットありがとうございます。
>頭が肺がん悪性腫瘍にかたよりすぎて肺化膿症の可能性を考えられませんでした.化膿症・肺炎⇄肺がんいつも鑑別を行き来できるようにトレーニング頑張ります
今回の症例は臨床情報及び画像所見から、より炎症ぽいと判断することはできますが、腫瘍の可能性は否定できないですね。
>腫瘤影周囲の浸潤影をスピキュラ・血管の集簇ととらえてしまいました.この二つを区別するポイントはありますか?
炎症であっても今回のようにスピキュラ様に見えますので、画像だけでスピキュラではないとは言えないです。
こんばんは.本日もよろしくお願いたします.
浸潤影の周りのすりガラス影がCThalo signに見えて,鑑別にアスペルギルス症を挙てしまいました…
食道壁の高吸収も目立つように思いましたがこれは石灰化なのでしょうか?
本題から外れてしまいますが,肝内胆管の拡張が気になりました.これは胃癌の際に胆摘を行ったからなのでしょうね.セブンイレブンの法則とあわせて以前ごろ〜先生から習ったのを思い出しました!
アウトプットありがとうございます。
>浸潤影の周りのすりガラス影がCThalo signに見えて,鑑別にアスペルギルス症を挙てしまいました…
確かにCT halo signを認めており鑑別に挙げてよいと思います。免疫状態も気になるところですね。
>食道壁の高吸収も目立つように思いましたがこれは石灰化なのでしょうか?
これは術後のペッツですね。
>肝内胆管の拡張が気になりました.これは胃癌の際に胆摘を行ったからなのでしょうね.セブンイレブンの法則とあわせて以前ごろ〜先生から習ったのを思い出しました!
そうですね。胆摘後の影響と考えられます。
こちらの症例でやりましたね。
https://imaging-diagnosis.com/view/iZ8kfeQp
XPで、右中下肺野内側が濃度上昇してるように見えるのですが、CTでは何もありませんよね…
正常でもこのように見えるものでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
正常ではありませんね。解説に追記しました。
いつも勉強させていただいております。
初歩的な質問で恐縮なのですが、
肺膿瘍(肺化膿症)= 肺内の膿瘍形成
膿胸=臓側胸膜と壁側胸膜間の膿瘍形成 という認識で正しいでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
ズバリその通りでございます。
経験浅い救急病院勤務の放射線技師です。
初歩的なことですが,「肺が気腫傾向にある」とは,呼吸が苦しいだろうということですか?(すみません,「だから何?」と思ってしまったので,,)
単純CTで撮影した時,これを見たら肺膿瘍を疑って造影した方がいいかも,という所見はありますでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>初歩的なことですが,「肺が気腫傾向にある」とは,呼吸が苦しいだろうということですか?
肺気腫傾向にあるということは、進行すればそうなりますね(^_^;)
呼吸機能が低下している可能性があり、治療の対象となることがあります。
重度のものでは二次的な肺高血圧を来します。
参考
https://xn--o1qq22cjlllou16giuj.jp/archives/10907
>単純CTで撮影した時,これを見たら肺膿瘍を疑って造影した方がいいかも,という所見はありますでしょうか?
肺炎を疑うコンソリデーションの中に空洞やニボー像、あるいは液貯留を疑う低吸収域を認めた場合ですね。
単純でも診断がつくことが多い(ドレナージをしないといけないくらいサイズが大きいものならなおさら)ので、造影した方がよいというわけでないですが、造影すると膿瘍部分が浮き上がってコントラストがつきますね。
新米放射線技師です。
いつもわかりやすい解説ありがとうございます。
毎日すごく勉強になります。
解説動画の中で造影ctを行えば空洞化する前の壊死巣を検出できるとありましたが、ここが全くわかりません。出来たらわかりやすい説明をいただきたいです。
よろしくお願いします
アウトプットありがとうございます。
>造影ctを行えば空洞化する前の壊死巣を検出できる
造影すると壊死巣は造影されないので単純CTよりも明瞭化するという意味です。周りの肺実質は造影されます。
リンク先に
特に、誤嚥性肺炎に続発することが多い。
と記載が、あるのですが、
S9の気管支に何か粘液栓ののようなものがあり、これが誤嚥性肺炎を引き起こして、今回のような肺炎と肺膿瘍を引き起こしたのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
粘液栓が先なのか、肺炎が先なのかはわかりませんが、関与はあると考えます。
単純CTだけの場合で、腫瘤陰影の中に低吸収域を指摘しにくい場合は、
肺膿瘍と言えず、肺炎としか言えないですか。
あるいは、こんな腫瘤陰影は肺膿瘍っぽいというのはありますか。
アウトプットありがとうございます。
>単純CTだけの場合で、腫瘤陰影の中に低吸収域を指摘しにくい場合は、
肺膿瘍と言えず、肺炎としか言えないですか。
コンソリデーションのみの場合は肺炎と肺膿瘍は鑑別しにくいですね。
>こんな腫瘤陰影は肺膿瘍っぽいというのはありますか。
空洞を形成しており、そこにニボー像を認める場合は、肺膿瘍を疑います。
こんにちは。Xpの質問です。
①両側肺尖部の中枢側が透過性低下している
②心臓右隣が透過性低下している
ように見えて、異常かと思ってしまいましたがCTでは何もありませんでした・・・
これは、なぜなのでしょうか??
アウトプットありがとうございます。
②については記事内に追記しました。
①については腕頭動脈の影響なので正常範囲なのですが、全体的に高吸収なのでそう思われるのかも知れません。
こちらの条件で見直すと異常ではないことをご理解いただけるかと思います。
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