
症例38
【症例】60歳代男性
【主訴】みぞおちが痛い
【現病歴】脚立で作業中に4-5段から転倒
【身体所見】BP 122/76、PR 72、意識清明
【データ】AST/ALT=378/333、ALP 281、LDH 883、γ-GTP 68、Hb 15.5、Ht 44.8
画像はこちら
腹部単純CTで、Douglas窩に腹水貯留を認めています。
膀胱と比較して高吸収であることがわかり、腹腔内出血が疑われます。
腹腔内出血を認めた場合は出血源を探さなければなりません。
出血源の周辺はとくに高吸収が目立つのを手がかりとします。
そうすると肝臓-胆嚢辺縁の液貯留が他の部位よりも高吸収であることがわかります。
高所からの転落であり、腹部臓器損傷、中でも今回は、肝損傷が疑われます。
肝臓辺縁の液体で高吸収が目立ち、同部位のCT値を測定すると56HUと高値を認めます。
これは血腫・凝血塊に相当するCT値です。
- 腹水 0-15HU
- 血性腹水 20-40HU
- 血腫・凝血塊 40-70HU
- 活動性出血 85-350HU
- 胆汁 0HU
- 尿 0-15HU
西巻、腹部外傷、日独放;vol51.No1.51-71,2006
ダイナミックCTの動脈相では、肝臓内に造影剤の漏出像(extravasation)を認めています。
活動性の出血を示唆する所見です。
平衡相では肝臓内の造影剤の漏出像が増大している様子がわかります。
また平衡相では、肝門部の造影不領域がより明瞭化しています。
また肝の連続性が失われており、被膜の断裂、さらにはそこから腹腔内への血腫の漏出が疑われます。
日本外傷学会の肝損傷分類2008によると肝損傷はⅠ型からⅢ型と3つのグレードに分けられます。
- Ⅰ型 被膜下損傷(Ⅰa型:被膜下血腫、Ⅰb型:実質内血腫)
- Ⅱ型 表在性損傷
- Ⅲ型 深在性損傷(Ⅲa型:単純深在性損傷、Ⅲb型:複雑深在性損傷)
今回は中でも最も重症である、Ⅲb型が疑われます。
Ⅲb型の複雑深在性損傷の肝損傷と診断されます。
診断:肝損傷(Ⅲb型)
この症例では、肝損傷以外に臓器損傷を伴っている部位があります。
それが、右副腎損傷です。
単純CTで右の副腎の腫大および高吸収を認めています。
またダイナミックの動脈相では右副腎内に造影剤の漏出像(extravasation)を疑う所見を認めています。
右副腎損傷と診断できます。(右副腎損傷からの腹腔内出血は今回はないと考えます)
なお副腎損傷は右に多く、今回のように他の腹部臓器損傷を合併していることが多いとされます。
また、肝静脈近位部や下大静脈周囲を取り囲むような低吸収域を認めています。(pericaval tracking、pericaval halo sign)。
肝静脈、下大静脈の損傷を示唆する所見です。
今回は、肝部下大静脈損傷があり、下大静脈周囲、右副腎周囲に血腫が進展したと考えられます。
※肝部下大静脈損傷は、開腹によりタンポナーデ効果が解除されると大出血を起こす損傷です。同部の血管処理をできる外科医が少ないため、仰臥位で絶対安静を保ち続けることで損傷部の固着をはかるしかない施設が多いとされます。1)
診断:肝損傷(Ⅲb型)+右副腎損傷 +肝部下大静脈損傷
3次救急病院へ搬送されました。
1)臨床画像 Vol 22 No 11 0611増刊 P68
関連:
その他所見:
- 胆嚢内に高吸収域あり。胆石や胆泥が疑われます。
- 右腎嚢胞あり。
- 肝左葉に小さな血管腫の疑い。
症例38の解説動画
症例38の補足解説動画
肝損傷について
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
お世話になっております。2点、質問があります。
総胆管の造影効果に比べ、胆嚢壁の造影効果が不良のように見えますが、「胆嚢動脈の損傷がある」と読んでよろしいでしょうか?
IVC周囲の低信号(pericaval halo sign)は、IVCまたは肝静脈損傷を示唆する所見と聞いたことがありますが、今回に場合にIVC損傷と読んでよろしいでしょうか?
ご教授お願いいたします。
アウトプットありがとうございます。
>総胆管の造影効果に比べ、胆嚢壁の造影効果が不良のように見えますが、「胆嚢動脈の損傷がある」と読んでよろしいでしょうか?
かなり細かいところまで読影されていますね。
胆嚢の壁の造影効果はあると思いますので、胆嚢動脈の損傷とは言えないと考えます。
>IVC周囲の低信号(pericaval halo sign)は、IVCまたは肝静脈損傷を示唆する所見と聞いたことがありますが、今回に場合にIVC損傷と読んでよろしいでしょうか?
おっしゃるとおりですね。肝損傷部位の腹腔内出血部位と、IVC周囲の血腫の連続性に違和感を感じていたのですが、IVCもしくは肝静脈に損傷を受けているということですね。
追記します。
ありがとうございますm(_ _)m
造影で肝損傷は分かりやすかったのですが、単純で胆嚢周囲の高吸収域に気づきませんでした
また右副腎損傷は完全に見逃しました
アウトプットありがとうございます。
>また右副腎損傷は完全に見逃しました
臓器損傷は1つ見つけて安心してはいけませんね。(自分に言い聞かせています(;゚ロ゚))
↑
おっしゃる通りですね。
研修医の先生と一緒に頑張ります。
腹水の吸収値を評価できるようになったのはポジティブに捉えたいです。
アウトプットありがとうございます。
>腹水の吸収値を評価できるようになったのはポジティブに捉えたいです。
血性腹水ここまでかなり出てきましたからね。良かったです。
病歴やL/Dや造影CTから、なんとなく肝損傷という発想には至りましたが、ここまで出血していたことを理解できていませんでした。血圧はまだ保たれてるしそんなたいしたことないかなと思っていましたが、結構出血していたのですね。脈拍でなんとか代償できていただけだったのでしょうか。
動脈相と平行相が提示されていたのできっと出血が広がっている所見を拾えということだと考えたのですが(よくないですね…)、わかりませんでした。血管だと思ってスルーしてしまいましたが、たしかに血管ではないですね。extravasation 目に焼き付けておきます。
アウトプットありがとうございます。
>血圧はまだ保たれてるしそんなたいしたことないかなと思っていましたが、結構出血していたのですね。
そうですね。カルテを確認したところ、転送前に一時的に血圧が不安定なときがあったようです。ショックバイタルなどではないようです。
>動脈相と平行相が提示されていたのできっと出血が広がっている所見を拾えということだと考えたのですが(よくないですね…)、わかりませんでした。血管だと思ってスルーしてしまいましたが、たしかに血管ではないですね。extravasation 目に焼き付けておきます。
目に焼き付けておいてください(^o^)
今日もありがとうございます。
肝損傷に目が行き過ぎて副腎損傷と下大静脈損傷見逃しました…
全体を見ないといけませんね…
アウトプットありがとうございます。
>肝損傷に目が行き過ぎて副腎損傷と下大静脈損傷見逃しました…
全体を見ないといけませんね…
そうですね。外傷系はとくに1つ見つけて安心してはいけませんね。
静脈損傷の画像の特徴を初めて知りました。
また造影剤の漏出に気づけなかったので今後は気をつけてみていきたいと思います。
アウトプットありがとうございます。
>また造影剤の漏出に気づけなかった
重要な所見ですので、覚えておいてください。
肝損傷が派手なので、副腎損傷とIVC損傷まで見れていませんでした。
ほかの所見を見落としていないか確認することは重要ですね。
今後に生かします。
アウトプットありがとうございます。
>肝損傷が派手なので、副腎損傷とIVC損傷まで見れていませんでした。
今回最も派手なのは肝損傷ですが、重症度という意味ではIVC損傷のようですね。私も気をつけます(;゚ロ゚)
halo signには気付けて、下大静脈or肝内静脈損傷があるのだろうなと思ってみましたが損傷箇所までは分かりませんでした。副腎損傷については、ここにこんな塊・・あるのかな?位は感じたのですが・・・これ副腎損傷の所見なのですねぇ。
造影剤の漏出という物を見たことがなかったので勉強になりました。
アウトプットありがとうございます。
>副腎損傷については、ここにこんな塊・・あるのかな?位は感じたのですが・・・これ副腎損傷の所見なのですねぇ。
あまり書籍などにも掲載が少ないですね。
>造影剤の漏出という物を見たことがなかったので勉強になりました。
ん、上部消化管出血では7日目に造影剤の血管外漏出ありましたよ。
また復習をお願いします。
あれ、、びっくりするくらいの(;´Д`) 「気腫性胆嚢炎」って・・・
寝起きだからということに・・・(;´Д`) そもそも転落じゃん・・・(;´Д`) あと
「なんで胆嚢なのに血管ダイナミックなんだろうなぁ~」と思ってしまっていました(-_-;)
大ポカついでに一つ勉強・言い訳させてくださいm(__)m
今まであまりじっくり読んだことがなかったですが、
胆嚢と肝臓の境界に見える低吸収は、脂肪濃度でよろしいですか?
いわゆる、「何とか腹膜」みたいな感じですかね?
これからちょっと注目してみるようにします(;’∀’)
アウトプットありがとうございます。
>胆嚢と肝臓の境界に見える低吸収は、脂肪濃度でよろしいですか?
臓器間の脂肪で大丈夫です。血腫でやや目立っていますね。
きのうのコメントで「痛い目にあった症例」ということだったので、どこかに落とし穴があるに違いない!と思って副腎損傷も見つけることができました。日常でも常々そういう気持ちで見ないといけないですね。でも下大静脈損傷は気づきませんでした、というか着目すべき所見も知らなかったので、その点今回勉強させていただきました。また、動脈相・静脈相の見比べで造影剤の漏出を評価するという見方も、勉強になりました。
アウトプットありがとうございます。
>どこかに落とし穴があるに違いない!と思って副腎損傷も見つけることができました。
素晴らしいです。
>でも下大静脈損傷は気づきませんでした、というか着目すべき所見も知らなかったので、その点今回勉強させていただきました。また、動脈相・静脈相の見比べで造影剤の漏出を評価するという見方も、勉強になりました。
私も下大静脈損傷は勉強になりましたφ(.. )
I型の被膜下血腫か実質内血腫 かはCTでわかりやすいのでしょうか.
アウトプットありがとうございます。
難しいことも多々あると思います。とくに単純CTのみではです。
右副腎の腫大にはきづきましたが、腫瘍だとばかり思っていて、損傷とは考えていませんでした。
思い込みから、造影剤の漏出にも気づけませんでした。
反省です。
アウトプットありがとうございます。
>腫瘍だとばかり思っていて、損傷とは考えていませんでした。
腫瘍とすると、頻度の高いのは腺腫ですが腺腫の場合は脂肪を含有することが多く、単純で低吸収となります。
参考:
https://xn--o1qq22cjlllou16giuj.jp/archives/16378
>造影剤の漏出にも気づけませんでした。
ダイナミック撮影されている場合、造影剤の漏れおよびその増大の有無に着目するようにしてください。
pericaval trackingを認めたときは安静しかないとのことですが,本症例はその後3次病院で救命されたのでしょうか.
IVC損傷に気づけず,止血術に行ってしまうとかなり厳しくなってしまうのでしょうね.覚えてきたいと思います.
アウトプットありがとうございます。
おっしゃるように、その後の経過が気になるのですが、紹介状の返信などは来ていないようです。(カルテに反映されていないだけかもしれませんが・・・。)
かなり前の放射線専門医試験で確かに右副腎に損傷が多いというのがあったのですが、何か理由はあるのですか?
アウトプットありがとうございます。
>右副腎に損傷が多いというのがあったのですが、何か理由はあるのですか?
リンク先のページにも記載があるように、
肝臓と椎体の間に副腎が挟まれるためと考えられています。
解説ありがとうございます。
副腎損傷、肝静脈、下大静脈の損傷気づけませんでした。勉強になりました。
左腎は嚢胞と思いますが、右腎は嚢胞にしては少しCT値が高そうに見えますがこれも嚢胞なのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>右腎は嚢胞にしては少しCT値が高そうに見えますがこれも嚢胞なのでしょうか?
嚢胞内に古い出血を認めていたり、蛋白濃度の高い液貯留を認める場合はこのように高吸収嚢胞となることがあり、複雑性嚢胞と呼ばれます。
関連:
https://xn--o1qq22cjlllou16giuj.jp/archives/34063
肝損傷に気づいて満足?し、副腎の損傷に気付きませんでした。。
他の部位も丁寧に見ます。
最近ここで勉強した症例を翌日見ることが多いです。いつもありがとうございます!
アウトプットありがとうございます。
>肝損傷に気づいて満足?し、副腎の損傷に気付きませんでした。
損傷症例は私もその傾向にありますので、要注意ですね。
1つ見つけて満足してはいけないという。
>最近ここで勉強した症例を翌日見ることが多い
まじですか。それはよかったです!!
とはいえ、変な先入観とかバイアスとかは入らない方がよいですね。
毎日勉強になります!
extravasationを伴う肝損傷を指摘することはできました。しかし、肝臓の辺縁と血腫の境界は意識できませんでした。また、腹水も血性かそうではないのか、自信が持てず修練不足を実感しました…(バイタルが落ち着いているように思われたため、まさかそんなに出血が広がってはいないだろうという先入見が働いていたと思います)。
副腎損傷、IVC損傷も指摘できませんでした。
知らないと大変なことになる画像と知り、身が引き締まりました。
明日もよろしくおねがいいたします!
アウトプットありがとうございます。
>extravasationを伴う肝損傷を指摘することはできました。
まずはここが重要なのでOKです。
>肝臓の辺縁と血腫の境界は意識できませんでした。また、腹水も血性かそうではないのか、自信が持てず修練不足を実感しました…
肝辺縁の血腫については、本来の肝臓の解剖や腹水の濃度を意識するようにしてください。
明日もよろしくお願いします!!!
副腎損傷、IVC損傷初めて見ました。
このように映るのですね
覚えておきます。
アウトプットありがとうございます。
>副腎損傷、IVC損傷初めて見ました。
ですね。かなり頻度は少ないので、貴重な症例ですね。
3次救急病院ならば山ほどあるのかも知れませんが(;゚ロ゚)
本日も大変勉強になりました。造影において、損傷部位は毛細血管破綻による臓器への虚血を反映しているので低吸収として表現されるで理解してよろしいでしょうか。また、外傷による造影検査は活動性の出血評価目的で、動脈相と平衡相の2相を基本とするのでしょうか。よろしくお願いいたします。
アウトプットありがとうございます。
>損傷部位は毛細血管破綻による臓器への虚血を反映しているので低吸収として表現される
その理解で良いと考えます。活動性の出血が密度高く存在する場合は高吸収になります。
>外傷による造影検査は活動性の出血評価目的で、動脈相と平衡相の2相を基本とするのでしょうか。
そうですね。消化管出血と同じで、「単純→動脈相→平衡相」は欲しいところです。
うちの施設は単純をなぜか撮影しない傾向にあるのですが・・・・単純も造影されているのか比較するために重要です。
脾臓の周りにも血性腹水があったので、脾損傷も皮膜下血腫であるのかと思ったのですが、脾臓の表面はスムースでかつ造影不領域がないため、脾損傷はないということになるんですね。何かある、あると思ってみると何かあるように見えてしまうのが・・。
アウトプットありがとうございます。
>脾損傷も皮膜下血腫であるのかと思ったのですが、脾臓の表面はスムースでかつ造影不領域がないため、脾損傷はないということになるんですね。
そうですね。今回は脾損傷はなさそうです。
>何かある、あると思ってみると何かあるように見えてしまうのが・・。
単純だけでは脾損傷の可能性も考慮しなくてはなりませんが、造影で否定されるという感じですね。
肝損傷についてはある程度読めましたが、グレード分類はそのたびに忘れています。副腎、IVCについてもなんとなく変、までは思いましたが、深く読めませんでした。
単純で見られる胆のう内の高吸収について、胆石、胆泥という説明でしたが、損傷に関連した胆道出血という可能性はありますでしょうか?さらに、単純では総胆管も吸収値が高いように感じられたのですがいかがでしょうか。
アウトプットありがとうございます。
>グレード分類はそのたびに忘れています。
グレードは覚える必要はないと思います。その都度調べれば良いと思います。
>副腎、IVCについてもなんとなく変、までは思いましたが、深く読めませんでした。
これらについては何となく変と思えることが大事ですね。
>胆石、胆泥という説明でしたが、損傷に関連した胆道出血という可能性はありますでしょうか?さらに、単純では総胆管も吸収値が高いように感じられたのですがいかがでしょうか。
確かに!!その可能性はありそうですね。おっしゃるように総胆管が高吸収ですので。
色々ありそうな症例ですね(^_^;)
気になってまず大文字山に行ってきました。(笑)言い合っても最後は、「お互い申し訳なかったと和解しました。」と落ちをつけていて、喧嘩慣れしていますね。(笑)そこで腹部外傷にならなくて良かったです。
腹部外傷では複数の損傷がないかチェックすることの重要性を示してくれて、貴重な症例でした。目にも頭にも焼き付けておきます。
アウトプットありがとうございます。
>気になってまず大文字山に行ってきました。(笑)
京都なんですね。大文字山はいいですよ。というか京都はいいですね。
>喧嘩慣れしていますね。(笑)そこで腹部外傷にならなくて良かったです。
ケンカ慣れしてないです(^_^;)
腹部外傷なくてよかったです。
みんながいるところでさすがに手は出してこないでしょう・・・。
>腹部外傷では複数の損傷がないかチェックすることの重要性を示してくれて、貴重な症例でした。目にも頭にも焼き付けておきます。
外傷に限らずですが、特に外傷は1つ見つけて安心してはいけませんね。
外傷ではないですが、3年目くらいのときに消化管穿孔の患者さんに肺癌があって、その肺癌を見落としたことがあります。
穿孔を見つけてその所見ばかり書いていました(^_^;)