低血糖脳症(hypoglycemic encephalopathy)
- 高度の低血糖に伴う代謝性脳症で、40~50mg/dl以下の重篤な低血糖が急激かつ遷延すると発症する。
- 成人では、糖尿病治療コントロール不良例に多い。
- 糖尿病の経口内服薬やインスリン注射、インスリノーマなどで生じるが、糖尿病患者におけるインスリン注射の相対的な過量投与により生じることが多い。
- グルコースは神経系の主なエネルギー源であり、急激な低血糖により、グルコース要求量の増大、相対的な低酸素状態となり、脳内のエネルギーが減少すると重大な脳機能障害を生じうる。
- 急性期には、エネルギー欠損によるポンプ機能低下、興奮性アミノ酸過剰(アスパラギン酸、グルタミン酸など)放出が、亜急性期では、グルタミン酸受容体を介した細胞死(アポトーシス)誘導が機序と考えられている。
- 低血糖脳症の主な病理学的な変化は、多くのグリア細胞の浸潤を伴う、エネルギー不足による神経細胞の広範な変性および壊死である。
低血糖脳症(hypoglycemic encephalopathy)のMRI画像所見
- 大脳白質or灰白質が主体として障害される2つのパターンに大別される。
- 大脳白質パターンでは、びまん性、内包後脚、脳梁病変が頻度が高く、びまん性では予後が悪い。
- 灰白質パターンでは通常、頭頂後頭葉主体の皮質・基底核・海馬が侵されやすい。視床、脳幹、小脳は保たれることが多く、低酸素脳症との鑑別に有用。(小脳、脳幹部は糖利用効率が良いことから比較的低血糖耐性があるとされている。)
- 他、脳梁膨大部。新生児では、頭頂後頭領域皮質に認められることもある。
- T2W、FLAIRおよびDWIで高信号となる。ADCにて信号低下を認め、細胞性浮腫(血糖低下により細胞膜イオンポンプが機能不全を来すため)に伴う変化と考えられる。脳梗塞と異なり、血管支配域に一致せず、両側性であることが多い。また、拡散制限は脳梗塞と異なり数日で消失することがある。
- DWIは特に他のシークエンスと比較して早期の病変を描出する。
- 低酸素性虚血性脳症に類似するが、後頭葉に多く、非対称性のこともあるなどの差異がある。
- 予後良好群では発症早期に拡散強調像で大脳皮質に高信号域を認め、予後不良群では側頭後頭葉優位に大脳皮質に高信号域を認めると言われる。
- 低血糖脳症を繰り返すことで認知症のリスクが増すという報告あり。
- 鑑別疾患は、低酸素脳症、急性期〜亜急性期の脳梗塞、CO中毒、橋本脳症、PRESなど。
症例 40歳代男性 昏睡状態
引用:radiopedia
DWIで両側大脳皮質および皮質下に高信号あり。海馬にも高信号あり。視床、脳幹、小脳は保たれている。ADCではDWI高信号部位に一致して低値あり。(この症例では、基底核も保たれています。)
FLAIRではDWI高信号部位にわずかに信号上昇のみ。
精神疾患を患っており、糖尿病であることが不明な患者のインスリンの過剰摂取による自殺未遂と判明し、低血糖脳症と診断されました。
症例 50歳代男性 昏睡
引用:radiopedia
両側の島皮質、前側頭葉、帯状回、および両側の大脳基底核にDWI高信号、ADC低値あり。FLAIRでは同部に高信号あり。
視床には異常信号は認めていません。
両側の海馬にDWI高信号、ADC低値あり。FLAIRでは同部に高信号あり。
血糖測定にてBS=30mg/dlであり、低血糖脳症と診断されました。
(低酸素脳症でも同じような画像を呈することがあるが、特に視床と小脳でも異常を認めることが多い。)
参考文献:臨床放射線 Vol.63 No.6 2018 P666-7