
【症例】80歳代 女性
【主訴】意識障害
【現病歴】10日前に歯周炎のため抜歯の抜糸施行後より、発熱あり、7日前に他院入院。当初はJCS1桁であったが徐々に活動性低下・発語もほぼない状態に悪化したため、当院紹介となる。
【身体所見】JCS2桁、開眼あり、呼びかけにわずかにうなずくが発語なし。BT 36.6℃、上肢挙上わずかに可能も左右差評価できず、下肢挙上はできず。
【データ】WBC 9100、CRP 18
画像はこちら。
CT
MRI
左前頭葉脳底部に境界不明瞭な淡い低吸収域を認めています。
脳底部だけでなく左前頭葉に境界不明瞭な淡い低吸収域を認めています。
部位としては左前大脳動脈(ACA)領域に相当し、皮質のspareを認めていないため塞栓性脳梗塞が起こったことが考えられます。
しかし、よく見てみると、わずかですが、左の硬膜に沿っても低吸収域があるように見えます。
これは脳梗塞としては不自然です。
また、左上顎洞、篩骨洞、前頭洞に粘膜肥厚・軟部影があり、副鼻腔炎を疑う所見です。
次にMRIを見てみましょう。
CTで低吸収だった左前頭葉脳底部に一致してDWI高信号、ADC信号低下を認めています。
やはり脳梗塞でしょうか?
ところが、やや頭側では脳内だけでなく硬膜に沿ってDWI高信号、ADC信号低下を認めていることがわかります。
この分布から、やはり脳梗塞ではない、拡散制限が起こっていることが分かります。
では、一体何が起こっているのでしょうか?
頭部救急の復習ですが、DWI高信号は脳梗塞だけで見られる所見ではありませんでした。
そう、今考えられるのは、膿瘍など活動性炎症を起こしているということです。
つまり、左前頭葉に脳膿瘍+脳炎を認めており、大脳鎌沿いおよび左前頭部から側頭部の硬膜下に膿瘍形成を認めているということです。
脳内や硬膜下に認めた信号は左上顎洞のパターンに酷似していることが分かります。
次に、FLAIRを見てみましょう。
左前頭葉の病変部はFLAIRで高信号で、大脳鎌沿いや左前頭葉の脳溝は対側と比べて高信号となっており、髄膜炎を疑う所見を認めています。
また、左優位に前頭部の硬膜の肥厚を認めており、これも髄膜炎を疑う所見です。
所見をまとめますと、
- 前頭部に硬膜肥厚:髄膜炎を示唆
- 左前頭葉にDWI高信号/ADC信号低下:脳膿瘍・脳炎を示唆
- 大脳鎌沿い、左前頭部〜側頭部硬膜沿いにDWI高信号/ADC信号低下:硬膜下膿瘍を示唆
- 左前頭葉の脳溝沿いにFLAIR高信号:髄膜炎を示唆
- 左上顎洞〜篩骨洞〜前頭洞にDWI高信号/ADC信号低下:副鼻腔炎を示唆
といったことが起こっています。
では、なぜこのようなことが起こっているのでしょうか?
一元的に説明するには、
副鼻腔炎が頭蓋内に進展した
ということです。
もう一度CTを骨条件で見てみましょう。
左上顎洞は軟部影で充満しており、尾側に追うと歯根尖周囲に骨融解像を認めていることが分かります。
つまり、歯性副鼻腔炎を疑う所見です。
歯周病の加療の抜糸後であり、ここから左上顎洞→篩骨洞→前頭洞と細菌感染が進展し、さらに前頭洞→頭蓋内に波及したと考えることができます。
冠状断像見てみましょう。
左歯根尖周囲に骨融解像を認めており、ここから上顎洞→篩骨洞→前頭洞→頭蓋内へと炎症が進展したことが推測されます。
診断:歯性副鼻腔炎からの頭蓋内進展による脳膿瘍・脳炎、髄膜炎、硬膜下膿瘍
※副鼻腔炎はときにこのように頭蓋内や眼窩内に波及することがあります。頭蓋内には前頭洞から、眼窩内には篩骨洞から進展しやすいと言われています。今回は眼窩内への波及はありませんでした。
※脳外科入院となり、抗生剤治療がされました。意識状態はJCS3まで改善し、単語での簡単な会話のやりとりもできるようになりましたが、活動性の低下を認め、もともとトイレ自立・食事自己摂取・着替え介助・風呂はデイサービス・要介護2の状態でしたが、ベッド上生活で全介助が必要な状態からは改善しない状態で、自宅近くの回復期リハビリテーションとして受け入れ可能な病院に転院となりました。
関連:副鼻腔炎の合併症
【顔面+α】症例27の動画解説
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
抜歯後→発熱→意識障害ということで、画像で確認すべき事を予測して読影に望みました。
丁寧でわかりやすい解説、ありがとうございました!
アウトプットありがとうございます。
>抜歯後→発熱→意識障害ということで、画像で確認すべき事を予測して読影に望みました。
素晴らしいですね。抜歯後というのは、実は重要なキーワードになることがたまにありますね。
エピソードや不規則なdwi高信号から脳炎と言いたかったのですが、左のacaのa1が欠損しているので惑わされてしまいました。ありがとうございました
アウトプットありがとうございます。
>左のacaのa1が欠損しているので惑わされてしまいました。
確かに左A1-A2にかけて単なる低形成でない狭窄を認めていますね。
抜歯からの発熱は要注意ですね。私も一度、脳炎を繰り返す患者さんに出会ったことがあり、副鼻腔からの波及には気をつけています。(その患者さんの場合は抜歯からではなく、先天的に頭蓋底に小さな孔があり、副鼻腔炎のたびに脳炎を起こしているとのことでした)
アウトプットありがとうございます。
>抜歯からの発熱は要注意ですね。
ですね。問診が大事ですね。
>先天的に頭蓋底に小さな孔があり、副鼻腔炎のたびに脳炎を起こしているとのことでした
孔があり炎症が波及しやすいということですね。孔がなくても今回のように波及することがあるので、なおさらですね。
抜歯後の炎症からの波及のストーリーは想像できたのですが、左ACAの狭窄を見て「脳梗塞?それにしても副鼻腔炎に近い場所に生じて都合良すぎるな…でも脳梗塞を明確に否定できないな…」と考えました。でも、よく考えると、周囲組織の膿瘍から血管内に影響してたまたま血栓/塞栓ができるとは考えにくいし。なかなか難しいものですね。
アウトプットありがとうございます。
>左ACAの狭窄を見て「脳梗塞?それにしても副鼻腔炎に近い場所に生じて都合良すぎるな…でも脳梗塞を明確に否定できないな…」
左ACAもですし、右のMCAにも狭窄を認めていますね。全体的に動脈硬化も強い方ですね。
>周囲組織の膿瘍から血管内に影響してたまたま血栓/塞栓ができるとは考えにくいし。なかなか難しいものですね。
血管に炎症が波及して血管炎が起こったり、狭窄を起こすことは考えられますが、今回の部位はACA A2起始部あたりで、炎症がある部位からは離れていますね。
いつも有難うございます。
抜歯後→感染性心内膜炎→脳梗塞と考え、例の脳血管支配領域のアプリを見ながら一致するか見てみましたが、前大脳動脈領域以外に硬膜部分にも高信号域が分布していて、MRAでも特に所見はなく、途方に暮れていました。
解説動画を見ましたが、診断はできなくても、FLAIRで脳溝の高信号→くも膜出血or髄膜炎 は頭部救急で何度も扱った大切な考え方なので気づきたかったですね。(よもやよもやだ。頭部救急参加者として不甲斐なし!笑 反省です)
P.S 今年のプレゼントは普通の小学生らしい?ですね。今年は靴下に入れてもちゃんとサマになりますね笑
アウトプットありがとうございます。
>前大脳動脈領域以外に硬膜部分にも高信号域が分布していて、MRAでも特に所見はなく、途方に暮れていました。
そうですね。今回DWIの高信号が硬膜下主体にあるということに気づくのも一つポイントになりますね。
>FLAIRで脳溝の高信号→くも膜出血or髄膜炎 は頭部救急で何度も扱った大切な考え方なので気づきたかったですね。
そうですね。まずは異常所見に気づきたいところです。FLAIRでは高濃度酸素などでの偽病変もありますので注意は必要ですが。
>P.S 今年のプレゼントは普通の小学生らしい?ですね。今年は靴下に入れてもちゃんとサマになりますね笑
そうなんです。去年は定規だけだったので、朝起きてからの喜びようも少しでした。
今年は起きてから喜んでいたようです。(私は仕事で不在でしたので、直接は見ていませんが(^_^;))
木のバットが硬式用でかなり重く小学生には扱えない気がしますが・・・。