【新腹部救急】症例7
【症例】30歳代女性
【主訴】腹痛
【現病歴】昨日朝より左下腹部痛を自覚していた。本日朝より、増強あり。その後腹部全体に広がったため近医受診。エコーにて腹水を認め、当院消化器内科受診となる。本日水様便が数回ある。最終月経は5日前。2日前の夕食にサバやサヨリなどの刺身を食べた。
【既往歴】肩甲骨骨折
【内服薬】プレマリン(ホルモン剤)
【身体所見】BT 36.5、BP 115/98、PR 78、腹部:平坦軟、左下腹部から上腹部にかけて圧痛・反跳痛あり。腸蠕動音減弱。
【データ】WBC 5700、CRP 2.96
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小腸の拡張および液貯留、ニボー像を認めています。
右下腹部には小腸の3層構造を保った壁肥厚(主に粘膜下層の肥厚)を認めています。
同部が閉塞機転となり、口側の腸管は拡張し、糞便構造を疑うプツプツとしたairも認めています。
このような小腸内に糞便構造を認めた場合はその肛門側に閉塞機転があることが示唆され、これをsmall bowel feces signと言います。
それほど派手ではありませんが、小腸腸閉塞を疑う所見です。
ではなぜこのような壁肥厚を認めているのでしょうか?
いわゆる感染性腸炎でしょうか?
臨床放射線に以下の様な記述があります。
つまり、小腸で今回のような3層構造を保った壁肥厚を認めた場合に、安易に
「感染性腸炎でしょう」としてはいけないということです。
小腸の場合は、むしろ感染性腸炎以外の原因を考える手がかりになるのがこの層構造を保った壁肥厚なのです。
では、どのような疾患を考える必要があるのでしょうか?
このような層構造を保って主に粘膜下層が肥厚するパターンをTarget waterパターンといい、以下の疾患が鑑別に挙がります。
今回は病歴や食事歴から、腸アニサキス症(アニサキス小腸炎)が疑われますね。
腸アニサキス症の場合、
- 3層構造を保った壁肥厚を局所的に認める。
- 腸間膜の浮腫性変化を認めることがある。
- 腹水貯留を認めることがある。
と言った特徴があります。
もう一度今回の症例を見てみましょう。
冠状断像において、3層構造を保った壁肥厚を認め、その口側腸管が拡張している様子が確認できます。
また腸間膜に脂肪織濃度上昇を認めており浮腫を疑う所見です。
さらに、肝表やダグラス窩には生理的範囲内では決して説明がつかない量の腹水貯留を認めています。
これらはすべて腸アニサキス症(アニサキス小腸炎)に合致する所見といえます。
診断:腸アニサキス症(アニサキス小腸炎)疑い
※保存的加療目的で入院となりました。その後、採血でアニサキス抗体価 38.8と上昇を認めていました。
関連:
その他所見:とくになし。
【新腹部救急】症例7の動画解説
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
小腸壁やその周囲に派手な所見を認めた場合、通常の細菌やウイルス性腸炎以外の疾患を考えるようにしたいと思います。
アウトプットありがとうございます。
そうですね。小腸炎でも壁肥厚を軽度認めることはありますが、結腸のように粘膜下層の肥厚が目立つ場合はそれ以外の可能性を考えたいですね。
確かに感染性腸炎や虫垂炎の波及では、小腸の拡張や腸管液貯留によってヒダ構造が見えやすくなることは多くても、壁肥厚自体は派手ではなかった気がします。大変勉強になりました。
アウトプットありがとうございます。
感染性小腸炎(ウイルス性、細菌性)の場合、全く壁肥厚がないわけではなく、書籍などによっては壁肥厚が少しあると記載があるものもあります。
ただ、結腸炎の際に起こるような派手な粘膜下層の肥厚は小腸炎では起こらないのが特徴ですね。
>虫垂炎の波及
この場合は、上の表にもあるように小腸壁も粘膜下層の肥厚が目立ちますのでご注意ください。
前回小腸では感染性腸炎で3層構造になるのは稀と教わっていたのにアニサキス=感染性と思い感染性腸炎にしてしまいました。そもそもの定義から間違ってました。
アウトプットありがとうございます。
>アニサキス=感染性と思い感染性腸炎にしてしまいました。
そうですね。アニサキスはアレルギー反応なので、ちょっと特殊ですね。
今日もありがとうございます。
腸間膜の浮腫と、腸間膜の間に貯留した腹水の見極め方のコツがあれば教えていただきたいです。
アウトプットありがとうございます。
>腸間膜の浮腫と、腸間膜の間に貯留した腹水の見極め方
これについては混在している場合は、見極めは難しいですね。
脂肪織濃度上昇なのか液体として存在しているのかを見ることですね。
腹痛で受診する患者を,安易に「感染性腸炎と診断してはならない」という話はよく,救急対応の本などでよくある話ですが,今回のようにCTを撮像したcaseでも注意しなければダメですね.
アニサキス小腸炎もそこまで遭遇する機会は多くありませんが,今回のような典型的な画像を知っておくと,再度問診しなおしたりすることもできるため,診断に有用ですね.
アウトプットありがとうございます。
>腹痛で受診する患者を,安易に「感染性腸炎と診断してはならない」という話はよく,救急対応の本などでよくある話ですが,今回のようにCTを撮像したcaseでも注意しなければダメですね.
おっしゃるとおりです。
CTまで行かないことが多いと思いますが、撮影した場合は、非特異的所見とはいえ「感染性小腸炎の画像所見」がきちんとあるかを確認し、今回のような壁肥厚が目立つようなことがないかをチェックする必要があります。
今回のような壁肥厚や腸間膜の浮腫、腹水を認める症例で、安易に「感染性腸炎でしょうね」としてはいけないということです。
>アニサキス小腸炎もそこまで遭遇する機会は多くありませんが
頻度は多いわけではありませんが、激レアというほどでもないですね。
問診が非常に重要となる疾患で、常に頭に入れておきたい疾患ですね。
本日も勉強になりました。小腸アニサキス症は何度か見たことがありますが、Small bowel faces signは初めて聞きました。英語力がなくて申し訳ないのですが、ここでのFaceはどういう意味なのでしょうか・・・意味がわからないとなんとなくしっくりこなくて・・・
もしよろしければ教えていただけませんでしょうか・・・。
アウトプットありがとうございます。
>Small bowel faces signは初めて聞きました。英語力がなくて申し訳ないのですが
Small bowel feces signです。
feceは「糞便」という意味です。小腸内に(通常認めない)糞便を認めるサインという意味です。
前回の対比で理解しやすかったです。
壁肥厚が右側なのに、症状が左側なことだけが気になりました。
アウトプットありがとうございます。
>壁肥厚が右側なのに、症状が左側なことだけが気になりました。
確かにそうですね。まあ小腸なので動いただけなのかもしれません。
いつもお世話になります。アレルギーの反応で腸管壁が高度浮腫により腸閉塞まで至るのですね。まさにアナフィラキシーショックによる喉頭浮腫での気道閉塞みたいだなぁと感じました。後、機械性に単純性腸閉塞があるのもうっかり忘れていてbeak signを一生懸命探していました。今回は色々知識の整理が出来ました。
アウトプットありがとうございます。
>アレルギーの反応で腸管壁が高度浮腫により腸閉塞まで至るのですね。まさにアナフィラキシーショックによる喉頭浮腫での気道閉塞みたいだなぁと感じました。
確かに似ていますね。内腔が完全に詰まっているわけでないのに、アレルギー反応で腸閉塞にまでなるのはちょっと意外かもしれません。
>機械性に単純性腸閉塞があるのもうっかり忘れていてbeak signを一生懸命探していました。
beak signは絞扼性腸閉塞に特異的というわけではありません。単純性であっても、癒着などで認めることがありますので注意が必要です。