【胸部】症例38
【症例】70歳代女性
【主訴】頭痛、頚部痛、嘔気、呼吸困難
【現病歴】1ヶ月前から、右上の親不知に疼痛出現。20日前に同部位を抜歯した。その後、右下の齲歯の治療を受けていた。近日中に充填剤が完成する予定であった。その頃より軽度の倦怠感を痔核していたが、6日前から後頚部・後頭部・肩付近に疼痛が出現した。2日前に近医受診し、血液検査や疼痛薬の処方を受けた。本日近医で精査入院予定であったが、吐き気と呼吸困難で動けなかったので救急要請し、近医へ搬送。2日前の採血結果が出ており、炎症反応が高値であったため、対応困難とのことで当院へ転院となった。
【既往歴】人工膝関節、高血圧、骨粗鬆症
【身体所見】意識清明、体温 36.3℃、血圧 121/78mmHg、脈拍 80bpm、SpO2 98%(RA)、眼球:貧血なし、黄疸なし、心音:S1→S2→S3-S4-、心雑音なし、呼吸音:清明、ラ音なし、腹部:軟、平坦、腫瘤なし、圧痛なし、腸雑音正常。四肢:両下肢に著明な浮腫を認める。
【データ】WBC 11200、CRP 26.63、プロカルシトニン 1.26(<0.5)、エンドトキシン 81.99(<1.0)
画像はこちら
まずは胸部レントゲンから見ていきましょう。
肋骨を上から数えていくと、第5肋骨前縁で肺野が終わっており、胸水貯留や横隔膜挙上が疑われます。
また右肋骨横隔膜角(CP angle)の鈍化を認めており、右下肺野では索状影を認めています。
両側肺野の透過性の全体的に低下しており、心陰影の拡大を認めています。
次にCTを見てみましょう。
すると、両側肺野末梢に多発結節があり、一部楔状の形態を示していることがわかります。
採血からは感染症が疑われ、多発結節を示す感染性疾患としては、
- 粟粒結核
- 真菌症(クリプトコッカス、アスペルギルス、カンジダ、ムコール)
- 敗血症性肺塞栓症
- 寄生虫症
- ノカルジア症
- ウイルス性肺炎
などが鑑別に上がります。
また、今回プロカルシトニン(PCT) 1.26(<0.5)と高値であり、敗血症が疑われます。
PCT値(ng/ml) | 考えられる病態・病名 |
0.25-0.5 | 健常者、軽症の局所感染症・ウイルス感染症、非細菌性SIRS |
0.5-2.0 | 敗血症 |
2.0-10.0 | 重度の敗血症 |
10.0- | 敗血症性ショック |
ICU実践ハンドブックP430より引用改変
これらと画像所見を合わせて考えると、典型的な空洞は認めていませんが、症例9で見たような
敗血症性肺塞栓症
であることが推測されます。
病歴に着目してみますと、
「右上の親不知に疼痛出現。20日前に同部位を抜歯した。その後、右下の齲歯の治療を受けていた。」
という、敗血症性肺塞栓症を引き起こしそうな病歴があります。
また、今回頚部痛という主訴が存在しますが、これは関係あるのでしょうか?
敗血症性肺塞栓症の原因の一つとして押さえておかなければならないのが、Lemierre(レミエール)症候群です。
Lemierre症候群とは、咽頭領域の先行感染の後に内頚静脈の血栓性静脈炎を生じ、嫌気性菌感染による全身の膿瘍形成を伴う疾患として知られています。
そこで頸部造影CTが撮影されたということです。
すると、両側内頚静脈に造影不領域を認めており、血栓の存在が示唆されます。
また、よく見てみると・・・・
咽頭後間隙(後咽頭間隙)に液貯留を認めています。本来ここには液貯留は認めていないのが正常で、膿瘍形成が示唆されます。
その様子は矢状断像でより明瞭です。縦方向に広がる咽頭後間隙の膿瘍の様子が分かります。
※ちなみに、この咽頭後間隙の背側には「危険間隙」と呼ばれる腔が存在しており、ここに膿瘍が及ぶと容易に胸部にまで到達すると言われています。
今回起こっていることを、まとめますと次のようになります。
やはりきっかけは、抜歯、歯科治療でそこから感染を起こしたと考えられます。
内頚静脈に化膿性血栓性静脈炎を起こし、それが全身に飛ぶことで、
- 敗血症
- 敗血症性肺塞栓症
を引き起こした事が考えられます。
また、咽頭後間隙への(おそらく直接)波及により膿瘍を形成したと考えられます。
診断:Lemierre症候群による敗血症性肺塞栓、後咽頭間隙に膿瘍形成
※血液培養からは、嫌気性グラム陽性球菌である、Peptostreptococcusが検出されました。
※抗菌薬の長期投与で膿瘍は徐々に縮小し、5ヶ月後に退院となっています。
関連:
【胸部】症例38の動画解説
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
Lemierre症候群は実際、経験したことがありませんでした。貴重な症例ありがとうございます。
頸部では、咽後膿瘍は見逃したくない疾患です。
アウトプットありがとうございます。
>Lemierre症候群は実際、経験したことがありませんでした。
忘れた頃にやってくる疾患ですね。
Lemierre症候群という名前が出て来ず調べて、「あー、こんな名前だった」と思い出すやつです。
>頸部では、咽後膿瘍は見逃したくない疾患
ですね。なかなか個人的にも見慣れない部位なのですが、重要ですね。
咽頭後間隙の膿瘍は辺縁の造影効果もなく水がたまっているのかと思ってしまい、スルーしてしまいました。辺縁造影されないものなんですね。血栓は探しに行っていたのに見つけられず、解説を見て『わかりやすい』のに見落としており反省です。イメージしていた病変なのに頸部の回答としては残念なものになってしまいました。反省です。ありがとうございました。
アウトプットありがとうございます。
>辺縁造影されないものなんですね。
難しいところですが、辺縁にはわずかですが造影効果があるのだと思います。
>血栓は探しに行っていたのに見つけられず、解説を見て『わかりやすい』のに見落としており反省です。
おっしゃるようにこの検査自体が頸部血栓を除外する目的ですので、見落としてはならないということになりますね。
しかし、さっと流して見ると見落としそうですね(^_^;)
頸部は解剖がしっかり頭に入っておらずいつも難しいなと感じます。レミエル症候群を僕は知りませんでしたが有名なんですね。膿瘍や頸部の感染所見を探す検査かと思いましたが血栓を探す目的なのですね。それさえ知りませんでした。
大変勉強になりました。
アウトプットありがとうございます。
>頸部は解剖がしっかり頭に入っておらずいつも難しいなと感じます。
同じくです(;゚ロ゚)
>レミエル症候群を僕は知りませんでしたが有名なんですね。膿瘍や頸部の感染所見を探す検査かと思いましたが血栓を探す目的なのですね。それさえ知りませんでした。
お持ちの教科書にもおそらく掲載されていると思いますので、この機会にチェックしてみてください。
今日もありがとうございます。
レミエール症候群頭から抜け落ちていました。手持ちの教科書にも参考や鑑別として少し載っていましたがここまで詳細には記載がなかったのでとても勉強になりました。
アウトプットありがとうございます。
>手持ちの教科書にも参考や鑑別として少し載っていましたがここまで詳細には記載がなかった
かもしれませんね。敗血症性肺塞栓のところにコラム的に掲載があるものが多いかもしれません。
勉強になってよかったです!
疑って造影CTを撮ったことはありますが,空振りでした.
咽頭後間隙に炎症が及んでいないかどうかは,ちゃんと確認すべき項目でしたが,忘れていました.
アウトプットありがとうございます。
>疑って造影CTを撮ったことはありますが,空振りでした.
空振りでも疑って撮影することが大事ですね。PEと同じですね。
>咽頭後間隙に炎症が及んでいないかどうかは,ちゃんと確認すべき項目でしたが,忘れていました.
忘れがちですが、非常に重要ですので、矢状断像もしっかり作って貰うようにしましょう。
親不知付近の膿瘍形成などを意識して探したのですが、後咽頭間隙の膿瘍形成には気付きませんでした。。。
頸部の画像所見は苦手意識があるのでこれを機に正常構造を頭に叩き込みたいと思います。
胸部からは外れますが
肝臓S7に低吸収域があり病態からは膿瘍は除外したいと考えたのですが、実際どうだったのでしょうか。
アウトプットありがとうございます。
>後咽頭間隙の膿瘍形成には気付きませんでした。。。
難しいですよね・・・。矢状断像で気づきやすいかと思います。横断像でもその目で見ると・・・ですね。
>肝臓S7に低吸収域があり病態からは膿瘍は除外したいと考えたのですが、実際どうだったのでしょうか。
単純ですので何ともこの画像だけでは言えませんが、まずは嚢胞を考えます。
結果的にちなみにその後の経過でも変化ありませんでした。
膿瘍かどうかは造影がないと難しいですね。
こんにちは,いつもありがとうございます.
病歴から,まずLemierre症候群,咽後膿瘍等は真っ先に鑑別に挙げつつ読影したのですが…
咽後膿瘍は指摘しできましたが,Lemierre症候群は頚静脈孔に入るまで静脈を追わなかったため,「認められない」と解答してしまいました…
ツメの甘さが出てしまいました!
最後までしっかり追うようにしたいです!
研修でも頭頚部関係で,とある病変を指摘できずに悔しい思いをし,最近『頭頚部の画像診断改定第2版』を買ったところでした!
ちょっとずつ機会がある毎に読んでみます!
アウトプットありがとうございます。
>Lemierre症候群,咽後膿瘍等は真っ先に鑑別に挙げつつ読影したのですが…
咽後膿瘍は指摘しできましたが,Lemierre症候群は頚静脈孔に入るまで静脈を追わなかったため,「認められない」と解答してしまいました…
恐るべし研修医ですね(^_^;
>最近『頭頚部の画像診断改定第2版』を買ったところでした!
わ、私も第2版は最近買ったところです・・・・(^_^;
毎回予想だにしない解答に、勉強意欲を掻き立てられますありがとうございます。
疾患と関係ない部分の質問で申し訳ないのですが、
造影頸部CT横断像の93/98で見られる、気管の左右にある高吸収の正体はなんでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>毎回予想だにしない解答に、勉強意欲を掻き立てられますありがとうございます。
勉強意欲を掻き立てられるならよかったです!!
>造影頸部CT横断像の93/98で見られる、気管の左右にある高吸収の正体はなんでしょうか?
93だけでなくその前後でも認めているものですよね?
それならば甲状腺ですね。
http://medicalimagecafe.com/tool/chest/01.html
こちらで場所を確認ください。(基本的にPCでのみ作動)
すみません、胸部症例39が届かず、症例40が本日受信されておりました。いままでこのようなことはなかったので原因がわかりませんが、症例39を再送していただけると幸いです。
迷惑メールには入っていないでしょうか?このメールにスタッフから再送してもらいます。
肺動脈が拡張しているように見えるのですがこちらも敗血症にともなう所見なのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
肺動脈の拡張は、敗血症とは関係がないと思います。
また大動脈径と同じくらいですので、あっても軽度拡張ですね。
いつも勉強させて頂いております。
咽後間隙の液貯留については右側主体に左右差あるので疑いましたが、(ring enhance伴う)膿瘍とまで言い切る自信があまりなかったです。
また、両上葉に小葉間隔壁肥厚が目立ち、両側肺動脈拡大があるように思いましたがいかがでしょうか。心拡大あるため、心原性(間質性)肺水腫と言っても良いでしょうか。
アウトプットありがとうございます。
>咽後間隙の液貯留については右側主体に左右差あるので疑いましたが、(ring enhance伴う)膿瘍とまで言い切る自信があまりなかったです。
そうですね。矢状断像の方が若干見やすかったかも知れませんが、壁の造影効果はわずかでしたね。
>また、両上葉に小葉間隔壁肥厚が目立ち、両側肺動脈拡大があるように思いましたがいかがでしょうか。心拡大あるため、心原性(間質性)肺水腫と言っても良いでしょうか。
今回、心原性と断定はできないですが、小葉間隔壁の肥厚を認めており、肺水腫があるのは確かですね。
心拡大もあり心原性の間質性肺水腫の可能性が高いですが。
症例9を復習しました。記憶はすぐに薄らいでしまいます。
今回の症例ではfeeding vessel signは見られませんか?
レミエール症候群という名前を聞いたことがあるくらいでしたので、勉強になりました。激しい疾患ですね。
アウトプットありがとうございます。
>今回の症例ではfeeding vessel signは見られませんか?
thin sliceがあればよりわかりやすいのでしょうけど、今回も一部ではあるのだと思います。
>レミエール症候群という名前を聞いたことがあるくらいでしたので、勉強になりました。激しい疾患ですね。
先日も歯科治療後に感染性心内膜炎となり、脳動脈瘤を作って破裂という症例を経験しました。
レミエール症候群と並んで歯科治療後の激しい疾患でした・・・。
恥ずかしながら全く知らない病名でした。
espresso救急画像診断胸部で勉強した経験から、小葉間隔壁肥厚、肺水腫っぽい→静脈になにかあるかも、と想像して内頸静脈の内部に低吸収域があることを見つけることができたときは、少し嬉しかったです。
勉強の機会を作って頂き、ありがとうございます。
頸部は血管と軟部組織の距離が近いので怖いですね。
インプットしておきます。
アウトプットありがとうございます。
>葉間隔壁肥厚、肺水腫っぽい→静脈になにかあるかも、と想像して内頸静脈の内部に低吸収域があることを見つけることができたときは、少し嬉しかったです。
今回のファインプレーはこの疾患を疑って頸部造影CTをオーダーした医師ですね。
なかなか頸部の造影CTは撮影されませんので。
頸静脈の低吸収も一見わかりにくいので、気づいていただいてよかったです!