
症例70
【症例】60歳代 男性
【主訴】上腹部痛
【現病歴】心房細動にてアブレーション治療後。昨日まで当院循環器内科に入院していた。本日昼12時の昼食後(そば、サラダ)、上腹部痛が出現。
【身体所見】意識清明、BP 160/93、HR 94、SpO2 100%(RA)、上腹部に自発痛、圧痛あり。腹部やや膨満。
【データ】Hb 9.3、WBC 7700、CRP 0.99
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後腹膜を中心に広範な血腫を認めています。
血腫は後腹膜にとどまらず腹腔内にも認めています。
造影で腹部大動脈の左前方に造影剤のpoolingを認め、平衡相では若干拡張している程度で、明らかな漏出は認めません。
これは造影剤の血管外漏出(extravasation)よりは、仮性動脈瘤の形成を示唆します。(血腫はその仮性動脈瘤が破裂したためと考えられます。)
では、なぜこんなところに仮性動脈瘤ができたのでしょうか?
前日まで入院していた循環器内科でのアブレーション治療が関与しているのでしょうか?
冠状断像では仮性動脈瘤は膵十二指腸アーケードの付近に形成されていることがわかります。
そもそも膵十二指腸アーケードとはなにでしょうか?
膵臓、なかでも膵頭部を栄養する血管は上の図のように
- 腹腔動脈(CA)の枝である胃十二指腸動脈からの後上膵十二指腸動脈(PSPD)、前上膵十二指腸動脈(ASPD)
- 上腸間膜動脈(SMA)からの枝である後下膵十二指腸動脈(PIPD)、前下膵十二指腸動脈(AIPD)
があり、これらは吻合しています。これを膵十二指腸アーケードといいます。
つまり、お互いの血流が足りない場合に支え合っているということです。
ところが、腹腔動脈(CA)に狭窄がある場合、以下のようになります。
すなわち、腹腔動脈に狭窄があると腹腔動脈の分枝への血流を保つために、このアーケードが上のように一方通行になります。その結果、膵頭部のアーケードは拡張し、圧が上昇し、仮性動脈瘤を形成することが知られています。
では、今回、腹腔動脈に狭窄はあるのでしょうか?
その判断には矢状断像が有用です。
確かに腹腔動脈は起始部で狭窄しています。
その原因は、正中弓状靱帯による圧迫です。
狭窄部のあと拡張している所見(狭窄後拡張)も、狭窄を示唆する所見と言われています。
つまり、
正中弓状靱帯による腹腔動脈(CA)狭窄
→腹腔動脈(CA)の分枝の血流低下
→それを保つために膵頭部のアーケードの拡張および上腸間膜動脈(SMA)からの血流供給
→膵頭部の圧上昇
→アーケード周囲に仮性動脈瘤形成
→さらなる圧上昇により仮性動脈瘤が破裂
→後腹膜出血
を来したということです。
診断:正中弓状靱帯による腹腔動脈起始部狭窄により形成された膵頭部のアーケード付近の仮性動脈瘤の破裂による後腹膜-腹腔内出血
緊急アンギオとなりました。
上腸間膜動脈(SMA)の造影で膵頭部のアーケードを経て、腹腔動脈の分枝が造影されていることがわかります。
また膵頭部のアーケードに拡張を認めています。
また、上腸間膜動脈(SMA)造影後、しばらくすると仮性動脈瘤がうっすら描出されてきました。
次に、腹腔動脈(CA)造影です。
腹腔動脈(CA)造影では、肝動脈、脾動脈は描出されていますが、胃十二指腸動脈(GDA)や膵頭部のアーケードは描出されていません。
つまり、このアーケードの血流の流れは上のように、上腸間膜動脈(SMA)→腹腔動脈(CA)へと完全に認めていることがわかります。
この仮性動脈瘤へのアプローチは血流の流れから、上腸間膜動脈(SMA)からの一択となります。
(腹腔動脈(CA)から胃十二指腸動脈(GDA)へアプローチを試みましたが血流の流れによりアプローチできませんでした。)
上腸間膜動脈(SMA)からこの仮性動脈瘤へのアプローチを試みましたが、仮性動脈瘤への栄養血管を同定できず、アンギオでは仮性動脈瘤の塞栓は行えませんでした。
その後、外科的にも治療は困難だということで、保存的に加療され、血腫は吸収されていき、仮性動脈瘤は消失しました。
その他所見:とくになし。
症例70の動画解説
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
SMAの枝とか、何もなく覚えさせられても・・・(^-^;って感じで、そして覚えてもいませんでしたけど、
「この症例を診断しないと!」って思うと、本能的に「上腸間膜動脈の枝」って検索して勉強しなおしますね(^▽^)/
腹腔動脈とSMAで、膵周囲にてアーケードを形成しているということ、
習っていたとしても完全に素通りで、今回が一番勉強になりました!
今回は、結果なんとなく正解(枝の名前は違ったみたいですが(;’∀’))しましたが、
やっぱり、いきなり「動脈瘤破裂」と分かったわけではなく、
知っている臓器に異常がないか、全て確認したのちに、
さて、今回の高吸収域の由来は一体どこなんだろうか? ・・・というような思考回路でした。
レストランで例えると、「いろいろな料理を堪能した後の、最後のステーキ(*’▽’)」といった感じです。
「いきなりステーキ」ではないですね。
お店は大好きです(^▽^)/
アウトプットありがとうございます。
>腹腔動脈とSMAで、膵周囲にてアーケードを形成しているということ、
習っていたとしても完全に素通りで、今回が一番勉強になりました!
アーケードを形成していてもそこが破綻しないと問題にはならないですからね。
>レストランで例えると、「いろいろな料理を堪能した後の、最後のステーキ(*’▽’)」といった感じです。
最後はいろんな意味で重たい症例でしたね。
解答作成する方もなかなか腰が上がらなかった症例でもあります・・・。
>「いきなりステーキ」ではないですね。
お店は大好きです(^▽^)/
同じくです。1回しか行ったことがありませんが。
お世話になっています。
動脈瘤が心房細動におけるアブレーションでのルートと関係がない場所で、膵炎などの記載がなかっため、純水な膵臓十二指腸動脈の動脈瘤の破裂と考えてしまいました。
「正中弓状靱帯の腹腔動脈起始部狭窄による圧上昇のための仮性動脈瘤破裂」だったのですね。貴重な症例ありがとうございます。
腹腔動脈は、解離などの疾患があるため必ず確認していますが、Axでは狭窄と読み切れませんでした。(一度、下がって上がる所見が狭窄を示唆しているかもしれませんが…)アーケード状に動脈瘤がある場合や、腹腔動脈に違和感を感じる場合は、矢状断で確認するようにしたと思います。
また、術前の評価に「正中弓状靱帯による腹腔動脈起始部狭窄の確認が必要な場合がある」と聞いたことがあるので、その場合もしっかり確認したいと思います。
ちなみに、純水な膵臓十二指腸動脈の動脈瘤は頻度が低いのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>腹腔動脈に違和感を感じる場合は、矢状断で確認するようにしたと思います。
そうですね。矢状断像でないと厳しいかも知れません。
>純水な膵臓十二指腸動脈の動脈瘤は頻度が低いのでしょうか?
純粋なというのは、CA狭窄がないという意味だと思いますが、それですと頻度は低いと思われます。
膵術後で仮性動脈瘤はこの近辺はたまにありますが。
細かい分枝までは全く同定できていませんでした.勉強になりました.そして,ゴローさんのアンギオに対する熱?のようなものも伝わってきて面白かったです.
ありがとうございました.
アウトプットありがとうございます。
こまかい分枝まではCTではわからないですね。
>ゴローさんのアンギオに対する熱?のようなものも伝わってきて面白かったです.
結局アンギオでは止血できなかった症例なのですが(;゚ロ゚)
何かアツいものが伝わったようでよかったです!
解説ありがとうございます。
まったく見当違いなことを答えてしまいました。
膵十二指腸アーケードについて、また仮性動脈瘤ができる過程を知らなかったので
大変勉強になりました。
あんなに広範囲な血腫や仮性動脈瘤が保存治療でもすっかり消失されるものなのですね。
アウトプットありがとうございます。
>膵十二指腸アーケードについて、また仮性動脈瘤ができる過程を知らなかったので
大変勉強になりました。
それはよかったです!!!
>あんなに広範囲な血腫や仮性動脈瘤が保存治療でもすっかり消失されるものなのですね。
そうなんです。アンギオでは止血できなかったので、どうなるのだろうとかとずっと経過が気になっていたのですが、
最後には仮性動脈瘤もなくなってしまって、びっくりですね。
もし、「その後、血腫は吸収され、仮性動脈瘤も消失した(画像は非提示)。」
としたら、ちょっとホンマかいな!と思ってしまうような症例ですね。
実際その後の画像を見て頂くのが一番すっきりしますね。
こんばんは!毎日お世話になっております。
今日の症例、「正中弓状靭帯関連の内臓動脈瘤」をわざわざ鑑別に挙げておきながら否定してしまいました。横断像のみから腹腔動脈の狭窄の有無を判断してしまったのが問題でした。
やはり、所見を否定するときは、しっかり全ての画像を読影した上でするべきなんだなぁ、と反省させられました。
今回の症例は膵周囲の血管構造を勉強する格好の症例だと思いました!
しっかり勉強しておきます!!
横から失礼しますm(__)m
>「正中弓状靭帯関連の内臓動脈瘤」をわざわざ鑑別に挙げておきながら
果たして、今回の症例でこれを鑑別に挙げることができた人がどれほどいたんでしょうか…
少なくとも、僕は頭の中にはありませんでした(;’∀’)
末恐ろしいですね。
先生の場合は、国試の勉強もすでに終わっていたりしそうですね(笑)
>末恐ろしいですね。
先生の場合は、国試の勉強もすでに終わっていたりしそうですね(笑)
確かに・・・(;゚ロ゚)
アウトプットありがとうございます。
>今日の症例、「正中弓状靭帯関連の内臓動脈瘤」をわざわざ鑑別に挙げておきながら否定してしまいました。横断像のみから腹腔動脈の狭窄の有無を判断してしまったのが問題でした。
腹腔動脈起始部の狭窄の判断には、矢状断像が有用であることを覚えておきましょう。
虫垂炎で冠状断像が非常に有用なようにですね。
>今回の症例は膵周囲の血管構造を勉強する格好の症例だと思いました!
そうですね。アーケードの理解には破綻したものをみることで深まりますね。
膵周囲のアーケードの復習になりましたが、マスターするには数も必要そうですね。
今回は、CAの評価が全然できていませんでした。
なぜここに動脈瘤ができたんだろう、というところに至ればもう少し違ったかもしれません。
他の方のコメントにもありますが、僕も仮性動脈瘤が保存的に消失したことに驚きました(*’▽’)
アンギオや画像を見る限りでも、そもそもこの瘤への血流が多くなかったことも要因なんでしょうかね。
人間の体は本当に不思議です・・・
アウトプットありがとうございます。
>膵周囲のアーケードの復習になりましたが、マスターするには数も必要そうですね。
かなり専門的な話ですね、このあたりは。
まあ頭の片隅にでも置いておいていただければと思います。
>他の方のコメントにもありますが、僕も仮性動脈瘤が保存的に消失したことに驚きました(*’▽’)
人間の体は本当に不思議です・・・
そうなんです。
正中弓状靱帯が解除されたわけでもないのに、不思議ですね。
大変勉強になりました.
腹腔内出血と答えてしまいましたが,メインは後腹膜出血ですね.
造影CTで仮性瘤,真性瘤であることを見分ける方法はありますか?
アウトプットありがとうございます。
そうですね。メインは後腹膜ですね。
>造影CTで仮性瘤,真性瘤であることを見分ける方法はありますか?
なかなか難しいこともあるかと思いますが、真性動脈瘤の場合はやはり辺縁に石灰化を伴うことが多いですね。
膵アーケードの整理が出来ました。大変勉強になりました。皆さん仰るように、保存的加療で出来るなんて本当不思議ですね。
日常ならsagを見たら、CAの狭窄に目がいくのに、仮性動脈瘤を見てしまったからそちらばかりに目がいってしまいました。
甘かったです。。。その原因はなぜか?と一歩踏み出しすことが出来なかったのが残念です。大変勉強になりました。
アウトプットありがとうございます。
>膵アーケードの整理が出来ました。
よかったです。重い腰を上げて動画を作った甲斐があります(^^)
>日常ならsagを見たら、CAの狭窄に目がいくのに、仮性動脈瘤を見てしまったからそちらばかりに目がいってしまいました。
そうですね。あとは普段なかなかsagは見ないと思うので、この疾患の可能性を考えてsagを作ってもらうことが重要ですね。
>甘かったです。。。その原因はなぜか?と一歩踏み出しすことが出来なかったのが残念です。大変勉強になりました。
知ってるかどうかですが、難易度は高いかもしれませんね。
一度体験したら次は疑えると思います。
最終問題にふさわしい派手な所見で、周辺知識も知らないことだらけで非常に勉強になりました。
私が循環器内科なのでどうしても退院直後のイベントということでABL関連合併症を考えてしまいましたが、このタイミングというのは本当に偶然ということなのでしょうか。
また、ABLを行ったのであれば、術前に造影CTなどとることも多いので術前に気づきたいなと思いました。
なんにしても今回は退院直後ですが、ABL術中に血圧下がってこんなの起きてたらパニックです笑
ところで、動脈瘤破裂について、平衡相でextraを生じないのは破裂後で持続出血がもうすでにないから、ということですか?
それとも、仮性動脈瘤については持続出血し続けていてもこういったうつり方をするものなのですか?
ご教示いただけますと幸いです。
アウトプットありがとうございます。
>私が循環器内科なのでどうしても退院直後のイベントということでABL関連合併症を考えてしまいましたが、このタイミングというのは本当に偶然ということなのでしょうか。
循環器の先生だったんですね(^^)
私も最初絶対何か関与があるのではないかと思っていたのですが、
・正中弓状靱帯による腹腔動脈起始部狭窄所見がある
・今回のカテ操作で触れる様な場所ではない
点からはたまたまなのかもしれません。
>ABLを行ったのであれば、術前に造影CTなどとることも多いので術前に気づきたいなと思いました。
そうですね。造影CTを撮影していたら仮性動脈瘤には気づけたでしょうね。
>動脈瘤破裂について、平衡相でextraを生じないのは破裂後で持続出血がもうすでにないから、ということですか?
これは場合によると思います。
今回のケースではすでに後腹膜に出血しており、血腫がひろがりにくいのだと思います。
出血し始めた時点で撮影できていれば、平衡相においても認めると考えられます。