
症例66
【症例】60歳代 女性
【主訴】4日前より肛門痛あり。
【身体所見】BT 36.7℃、BP 95/48、P84、右臀部〜大腿部後面に発赤あり。肛門右側に自壊あり。切開にて排膿あり。
【データ】WBC 23900、CRP 46.30
【既往歴】高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症
画像はこちら
右殿部から大腿にかけて広範な脂肪織濃度上昇および、筋腫大・浮腫性変化を認めています。
炎症所見は皮下にとどまらず、筋周囲・筋肉内や深部にも認めており、左右差を見れば明らかに右で目立ちます。
軟部条件では、右殿部皮下にガス像を認めています。
「肛門右側に自壊あり。切開にて排膿あり。」
との記録から、排膿後であることがわかります。
ですので、ガス像は排膿時に入り込んだガスである可能性は否定できませんが、腹側のガス像は明らかに離れており、やはりもともとガス像があったのでしょう。
この腹側のガス像は陰部から連続する索状構造に存在しており、痔瘻形成の可能性が示唆されます。
おそらく、この痔瘻から右殿部に広範に炎症が広がったと推測されます。
診断:フルニエ壊死(壊死性筋膜炎)
※緊急手術が必要であり、外科コンサルトとなります。実際緊急手術となりました。
〜手術記録より抜粋〜
右臀部にすでに自壊した膿瘍あり、それを中心に大臀筋を広く露出する切開をおいた。
大臀筋および中臀筋は一部が筋膜とともに壊死しており、可及的にデブリードマンを施行した。
炎症の最も強い部分はポケット状に仙骨直腸窩に通じていたが、腸管内との明らかな交通はなし。
炎症は大腿後面から膝窩にかけて広く及んでおり、切開を膝窩直上まで加え、壊死した筋膜を可及的にデブリードマンし、ハムストリングが広く露出するようにした。大量の生食で洗浄。ペンローズドレーンを適宜挿入し開放創のまま手術終了とした。
炎症が筋膜沿いに撮影範囲外の膝窩まで及んでいたようです。
急速に広がり、敗血症となり致死的となります。
これが壊死性筋膜炎の恐ろしいところです。
壊死性軟部組織感染症(necrotizing soft tissue infections)1)
細菌感染が、表層筋膜を主座とすることから壊死性筋膜炎と呼ばれるが、実際は軟部組織の壊死性感染症全体を指して使われます。
そのため、最近では、壊死性軟部組織感染症と呼ぶことが推奨されています。
これは感染部位の深さでさらに
- 壊死性蜂窩織炎
- 壊死性筋膜炎
- 壊死性筋炎
と分類されます。
今回は手術記録によると、大臀筋および中臀筋の一部は筋膜とともに壊死していたとのことですので、正確には壊死性筋膜炎に分類されるのでしょう。
蜂窩織炎との違いは?
今回の症例は蜂窩織炎と診断してはいけないのでしょうか?
蜂窩織炎と壊死性筋膜炎の違いは何でしょうか?
画像上は皮下の脂肪織濃度上昇で、非常によく似ている蜂窩織炎と壊死性筋膜炎ですが、最大の違いはその深さです。
蜂窩織炎の場合は、深部筋膜や筋肉の炎症を伴うことは稀であり、これらがあれば基本的に壊死性筋膜炎と診断してよさそうです。
さらに壊死性筋膜炎の場合は9割でガス像を認めるため、これもヒントとなります。
これらの所見を認めた場合、早期に治療が必要となるため、壊死性筋膜炎を「疑う」ことが重要です。
今回の症例では、
- 皮下脂肪織濃度上昇
- 筋層表層に炎症所見
という蜂窩織炎でも認めうる所見に加えて、
- ガス像がある
- 深部筋肉にも炎症所見がある
という点が壊死性筋膜炎をより疑う所見となっているということです。
参考文献:
1)すぐ役立つ救急のCT・MRI 改訂第2版
その他所見:
- 左肺に石灰化肉芽腫あり。
- 肝嚢胞あり。
- 左腎萎縮および右腎に代償性肥大あり。
- 膵体尾部の著明な萎縮あり。体部に嚢胞か。
- 冠動脈含め動脈硬化が目立つ。
症例66の解説動画
お疲れ様でした。
今日は以上です。
今回の気づきや感想などを下のコメント欄にお願いします。
>蜂窩織炎との違いは?
いやぁ~、勉強になります(*^_^*)
痒いところががっつりデブリされている気分です(*^_^*)
「壊死性軟部組織感染症」、いいですね!
要するに、名前で診断を分けることよりも、
深達度がどこまでなのか、ガス産生があるのか、
ということが重要、ということですね(^.^)
・この人も腎臓はあまりよくなさそうですが、あえて造影した意図は何なのでしょう?膿瘍とかですか?
・膵萎縮も有意所見として取っていいですか?
アウトプットありがとうございます。
>痒いところががっつりデブリされている気分です(*^_^*)
それはよかったです!
>名前で診断を分けることよりも、
深達度がどこまでなのか、ガス産生があるのか、
ということが重要、ということですね(^.^)
おっしゃるとおりです。
>この人も腎臓はあまりよくなさそうですが、あえて造影した意図は何なのでしょう?膿瘍とかですか?
すいません。これについては、依頼医のみ知るです。
>膵萎縮も有意所見として取っていいですか?
確かに。体尾部がエライ萎縮して、何か嚢胞みたいなのがありますね。
壊死性筋膜炎も有名ですが,なかなか実際には出会えない疾患ですよね.勉強になります.
デブリされた後どんな感じになるのかも見てみたいですね.
アウトプットありがとうございます。
おっしゃるようになかなか実際には出会えない、かつ画像が撮影された貴重な症例です。
デブリ後の画像はありませんでした。
お世話になっています。
手術記録に「炎症の最も強い部分はポケット状に仙骨直腸窩に通じていた」とありますが、経由として「坐骨孔からの骨盤腔へに波及」でよろしいでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
おそらくその経路でよいと考えます。
それで見直してみたのですが、右の内閉鎖筋にも腫大を認めており、一部膿瘍を伴っているかも知れませんね。
お疲れ様です。
筋腫大の所見なのですが、
筋トレなどで腫大した場合と
病変で腫大した場合は
画像の表れ方がまた違うのでしょうか
筋肉のみを見た時、
大きさ以外左右変わらない気がしたのですが、
周囲の脂肪織の濃度上昇など炎症所見で判断するしかないのかな、と思っていますが
それで方向性はあってますでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>筋トレなどで腫大した場合と
病変で腫大した場合は
画像の表れ方がまた違うのでしょうか
筋トレで肥大した筋肉には通常炎症所見はないはずです。
ただし、筋トレ頑張りすぎた直後は少し見られるのかも知れませんが。
>周囲の脂肪織の濃度上昇など炎症所見で判断するしかないのかな、と思っていますが
それで方向性はあってますでしょうか?
合ってます。炎症所見が重要です。
蜂窩織炎と壊死性筋膜炎は何となくでしか理解していなかったので、解説を読んでスッキリしました。
壊死性軟部組織感染症という呼称は文字通りで分かりやすいので、覚えて使っていきたいと思いました。
この症例の腎の大きさが左右で大きく違う様に感じたのですが、これは個人差の範囲と考えてよろしいのでしょうか?
申し訳ありません。
解説のリンクを読んでいて疑問に思ったので、追加で質問させて下さい。
フルニエ壊疽は基礎疾患に糖尿病が多いとのことでしたが、今回の症例では何か基礎疾患はあったのでしょうか?
血管の石灰化が年齢の割に多いように感じて糖尿病が基礎疾患にあったのではないかと自分なりに考えてみたのですが、いかがでしょうか?
よろしくお願い致します。
>フルニエ壊疽は基礎疾患に糖尿病が多いとのことでしたが、今回の症例では何か基礎疾患はあったのでしょうか?
ちょっと紙カルテ時代なので再びカルテを取り寄せますね。
まとめて取り寄せたいので少々お待ちください。
おっしゃるように冠動脈含めかなり動脈硬化が目立ちますね。
カルテ調べました。
高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症がありました。
追記します。
色々と答えていただき、紙カルテまで調べて下さりありがとうございます!
ということは、動脈硬化は基礎疾患によるものと考えてよろしいのでしょうか?
そうですね。
高血圧、糖尿病、高脂血症 いずれも動脈硬化のリスクですからね。
アウトプットありがとうございます。
>壊死性軟部組織感染症という呼称は文字通りで分かりやすいので、覚えて使っていきたいと思いました。
ですね。まとめながら私もそう思いました。
>この症例の腎の大きさが左右で大きく違う様に感じたのですが、これは個人差の範囲と考えてよろしいのでしょうか?
いえ、個人差ではなく、左腎は何らかの理由で機能低下があり、
右腎が代償性に肥大していると考えます。
「蜂窩織炎・ガス壊疽」と、ごっちゃにした診断をしてしまいました(;’∀’)
「ガス壊疽」は「ガス産生菌」によるものでした。
あと、筋内にまで炎症が及んでいることを書けなければ緊急性が伝わらないですね(;’∀’)
あと、副初見について、
片腎が萎縮すれば、相方が肥大することがあるんですね。
イメージとしては分かりやすいですが、本当にそんなことが起こるんだと、新鮮な驚きです(^^)
アウトプットありがとうございます。
>あと、筋内にまで炎症が及んでいることを書けなければ緊急性が伝わらないですね(;’∀’)
そうですね。画像から伝えるとすると、壊死性筋膜炎に至っていると伝える必要がありますね。
>片腎が萎縮すれば、相方が肥大することがあるんですね。
イメージとしては分かりやすいですが、本当にそんなことが起こる
確かにそうですね。普段はそのポテンシャルを隠しているとも言えますね。
ちなみに感染や尿路閉塞などによっても腎腫大を起こすことがあるので注意が必要ですね。
蜂窩織炎程度と思い,危機感が欠如していたことにはっとさせられました.
「深さ」と「ガスの存在」 しっかりインプットさせていただきました.
アウトプットありがとうございます。
なかなか臨床現場では遭遇しない疾患かも知れませんが、いざというときに深さやガスの存在を手がかりにしてみてください。
症例提示ありがとうございます。
・壊死性筋膜炎=蜂窩織炎(皮下の脂肪組織濃度上昇、筋層表面の肥厚)
+ガス像、深部筋層内に炎症所見あり
というようにおさえておきます。
・壊死性軟部組織感染症で壊死性蜂窩織炎と壊死性筋膜炎の区別がわかりました。深さが重要なのですね。壊死性筋炎は画像的にどのように区別したらよいのでしょうか。
アウトプットありがとうございます。
>壊死性筋炎は画像的にどのように区別したらよいのでしょうか。
これも深さであり、筋にも炎症所見を認めるかどうかですね。
今回は筋にも炎症所見を認めていますので、壊死性筋炎もあると推測されます。
今回はなんとか回答することができました。
臀部の脂肪織濃度の上昇という初めてみる所見でも、これまで学習した腸管周囲のdirty fat signなどと関連付けて、ここには何らかの炎症を呈する病態が関わっているに違いない、と考えながら鑑別を考えることができました。
ちょうど良い機会なのでリンク先や治療法についても勉強させていただきます!
アウトプットありがとうございます。
>臀部の脂肪織濃度の上昇という初めてみる所見でも、これまで学習した腸管周囲のdirty fat signなどと関連付けて、ここには何らかの炎症を呈する病態が関わっているに違いない、と考えながら鑑別を考えることができました。
そうですね。場所関係なく、脂肪織濃度上昇は炎症などを示唆する所見です。
今回はそれに加えて、ガス産生、筋肉内にも炎症がないかなどもチェックしましょう。
いつも勉強させていただいております。
108/133のスライスで右内閉鎖筋内に低吸収域のように見える領域があり、左右差があったため、液体貯留あり(膿瘍疑い)としてしまったのですが、これはアーチファクトでしょうか?
以前先生がコメント欄で言及していたのを見落としておりました。
失礼いたしました。
いつも勉強させていただいています。
糖尿病患者さんで、歯磨きの際、歯肉から菌が入りガス壊疽になった症例を経験しました。
上にも質問されていましたが、
「「ガス壊疽」は「ガス産生菌」によるものでした。」
今回の症例:フルニエ壊死もガスを産生しています。
これらの違いはどこにあるのでしょうか?
画像でこれらの違いを見分けることは可能でしょうか?
それとも起炎菌を特定することで診断するのでしょうか?
アウトプットありがとうございます。
>「「ガス壊疽」は「ガス産生菌」によるものでした。」
今回の症例:フルニエ壊死もガスを産生しています。
これらの違いはどこにあるのでしょうか?
質問の意味がよく分からないのですが、ガス産性菌によるガス壊疽であり、フルニエ壊死であるということです。
画像上は、ガスは壊疽性筋膜炎を診断する上でヒントになります。
質問の仕方が悪かったですね。
ガス壊疽イコールフルニエ壊死、壊疽性筋膜炎ということで理解してよろしいでしょうか?
概ねそれで良いです。
会陰部に生じる壊死性筋膜炎のことをフルニエ壊疽と呼ばれます。
フルニエ壊疽の進展は驚くほど速いと聞いています。
今回の症例は痔瘻が原因と考えられるとのことですが、
矢状断像59/83で直腸後方に伸びる低吸収な線状陰影は瘻孔を見ているのかしら。
アウトプットありがとうございます。
>フルニエ壊疽の進展は驚くほど速いと聞いています。
ですね。画像で診断というよりも視診、触診などが重要となりますね。
>矢状断像59/83で直腸後方に伸びる低吸収な線状陰影は瘻孔を見ているのかしら。
そうですね。矢状断像ではちょうどこの辺りに瘻孔があります。