骨盤臓器脱(Pelvic Organ Prolapse, POP)とは、膀胱・子宮・直腸などの骨盤内臓器が、本来の解剖学的位置から膣側へ下垂・脱出する病態です。これは主に骨盤底支持組織の機能低下により生じ、高齢女性や出産経験者に多くみられます。日常生活のQOLを著しく低下させることがあるため、早期の正確な評価が重要です。

MRIは非侵襲的で、多方向から骨盤臓器や支持構造を評価できる有用な手段であり、特に矢状断像での定量的な評価が重要です。本記事では、骨盤底機能低下や骨盤臓器脱の診断において鍵となる3つの評価指標「Pubococcygeal line(PCL)」「H-line」「M-line」について解説します。

骨盤底機能低下と骨盤臓器脱の概要

  • 主に高齢女性や多産婦に多くみられます。
  • 閉経に伴うエストロゲン低下や経腟分娩の影響で、肛門挙筋を含む骨盤底筋群が弛緩・下垂し、肛門挙筋裂孔が拡大することが原因です。
  • 代表的な症状には、骨盤部の違和感・圧迫感、尿失禁、残尿感、便秘などがあります。
  • 骨盤臓器が下降した状態を骨盤臓器脱(POP)と呼びます。
  • 骨盤臓器脱の主な分類は以下の通りです:
    • 膀胱瘤(cystocele)
    • 尿管膀胱瘤(cystoureterocele)
    • 膣断端脱(vaginal vault prolapse)
    • 直腸瘤(rectocele)
    • 小腸瘤(enterocele)
  • なお、骨盤底機能低下と臓器脱は合併することがあるものの、機能低下を認めても臓器脱を伴わないケースもあるため、両者は明確に区別して評価する必要があります。

骨盤臓器脱の分類と簡単な解説

分類 読み方 英語名 状態の簡潔な説明
膀胱瘤 ぼうこうりゅう Cystocele 膀胱が膣の前壁側に向かって下垂・突出した状態。尿失禁や残尿感を引き起こすことがある。
尿管膀胱瘤 にょうかんぼうこうりゅう Cystoureterocele 膀胱に加えて尿管も一部脱出している状態。まれだが、小児の尿路奇形としても見られる。
膣断端脱 ちつだんたんだつ Vaginal vault prolapse 子宮摘出後に、膣の上端(断端)が膣口方向へ脱出してくる状態。
直腸瘤 ちょくちょうりゅう Rectocele 直腸の前壁が膣の後壁方向に突出し、膣を押し出す状態。排便困難や不完全排便感を伴うことがある。
小腸瘤 しょうちょうりゅう Enterocele 小腸(またはS状結腸)が、直腸と膣の間(ダグラス窩)を通って膣後方に下垂する状態。腹圧で増悪する。

 

次に基準線の1つであるPubococcygeal line(PCL)について見ていきましょう。

Pubococcygeal line(PCL):骨盤臓器脱の基準線

Pubococcygeal line(PCL)は、恥骨下縁(pubic symphysisのinferior margin)と尾骨第2〜3椎間を結んだ直線で、矢状断像で描出されます。この線を基準に、膀胱底・子宮頸部・直腸前壁がどの程度下方へ逸脱しているかを定量的に評価します。

症例:20歳代女性(正常例、T2WI矢状断像、安静時)

恥骨下縁は簡単に見つかりますが、尾骨第2-3椎間は少し難しいかもしれません。以下にコツをまとめました。

尾骨第2〜3椎間(Co2–Co3)の探し方|PCLを引くための実践的ポイント

Pubococcygeal line(PCL)は、恥骨下縁と尾骨第2〜3椎間(Co2–Co3)を結んだ線で、骨盤臓器脱の定量評価に用いられます。ただし、尾骨は個人差が大きく、癒合していて見つけにくい場合もあります。以下では、Co2–Co3を探す際のコツを解説します。

1. 尾骨の全体像を把握する

  • 仙骨の先端(S5)から尾骨(coccyx)が始まります。
  • 尾骨は通常3〜5個の椎骨で構成され、小さな骨片が下方に連なっています。
  • 矢状断像で、仙骨の下端から順に小さな椎骨をカウントしていくのが基本です。

2. 関節裂隙(椎間部)を探す

  • 尾骨の椎体同士は完全に癒合していないことも多く、Co1〜Co2、Co2〜Co3間には関節裂隙(細い低信号の線)が見える場合があります。
  • MRIではT1/T2ともに裂隙は低信号で線状に見えることが多く、CTでは骨の連続が切れて見える部位が椎間です。

3. 中部を終点とする現実的アプローチ

  • 高齢者や癒合が強い症例では、椎体間の識別が難しいこともあります。
  • その場合は、尾骨の中点あたりをCo2–Co3相当部とみなしてPCLを引くのが実用的です。
  • 実際の読影報告でも「尾骨中部」と記載されることが多く、診断間の再現性を保ちやすいです。
ポイント:
尾骨のCo2–Co3を厳密に同定できない場合は、「尾骨中部」をPCLの終点とする判断で問題ありません。

 

PCLによる骨盤臓器脱のGrade分類(いきみ時)

Grade PCLからの逸脱距離 臓器脱の例
Grade 0(正常) PCLより上方または一致 臓器の脱出なし
Grade 1(軽度) 0〜2cm下方 膀胱底・直腸前壁の軽度圧排
Grade 2(中等度) 2〜4cm下方 膀胱瘤、直腸瘤
Grade 3(重度) 4cm以上下方 子宮脱、完全膣脱

 

症例 50歳代女性

引用:radiopedia

子宮がpubococcygeal linePCLより約8.5cm尾側へ下垂しており、明らかな下降が確認されます。

また膀胱瘤(cystocele)を伴っています。

ともに4cm以上ですので、Grade 3(重度)となります。

症例 80歳代女性

こちらの症例も膀胱および子宮がpubococcygeal linePCLより5cm尾側へ下垂しており、膀胱瘤および子宮脱の状態です。

ともに4cm以上ですので、Grade 3(重度)となります。

(※子宮と膣の境界がわかりにくく子宮は5cmも超えていないかもしれません)

続いてH-lineとM-lineです。

H-lineとM-line:骨盤底機能低下の評価指標

  • H-line(Hiatus line)は、恥骨下縁から肛門挙筋裂孔の後縁を結んだ線で、骨盤底の「開大(広がり)」を示します。
  • M-line(Muscle line)は、PCLからH-lineの交点まで垂直に下ろした距離で、「骨盤底の下垂」程度を反映します。

H-line/M-lineによる骨盤底機能低下のGrade分類(いきみ時)

Grade H-line M-line 臨床的意義
Grade 0(正常) < 6 cm < 2 cm 支持組織は正常範囲
Grade 1(軽度) 6–8 cm 2–4 cm 軽度の骨盤底筋弛緩
Grade 2(中等度) 8–10 cm 4–6 cm 中等度の筋弛緩・下垂
Grade 3(重度) > 10 cm > 6 cm 高度な骨盤底機能不全
  • H-line:肛門挙筋裂孔の拡大を反映し、6cm以上で異常と判断されます。骨盤臓器脱は、このH-lineより下方への逸脱により診断されます。
  • M-line:2cm以上で骨盤底の下垂が示唆されます。

 

正常例と異常例:画像比較

症例:20歳代女性(正常例、T2WI矢状断像、安静時)

症例:70歳代女性(子宮全摘術後)

いきみ時MRI検査にて、膀胱脱および骨盤底機能低下を認めます。

cystocele

PCLによる評価では膀胱脱 Grade 1、H-line:7.1cm、M-line:2.0cmで骨盤底機能低下 Grade 1 に相当します。

(※尾骨第2〜3椎間ではなく第1−2椎間でPCLを取ってしまっているので厳密には少し異なります。)

まとめ

  • 骨盤臓器脱の画像診断では、PCL・H-line・M-lineの3つの指標の理解が不可欠です。
  • MRIを用いることで、脱出臓器の同定と重症度の定量的評価が可能になります。
  • CTでもPCLを基準とした補助的評価は可能ですが、基本的にはMRIが推奨されます。

参考文献

  • Boyadzhyan L, et al. “Role of static and dynamic MR imaging in surgical pelvic floor dysfunction.” Radiographics, 2008.
  • Radiopaedia: Pubococcygeal line
  • 臨床画像 vol.25, No.9, 2009, pp.1011–1013

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