交通事故や転落、あるいは誰かに殴られたりしてお腹に鈍的外傷を受けたときに、肝臓が損傷を受けてしまうことがあり、これを肝損傷(かんそんしょう)と言います。
肝臓はお腹の中の臓器ですので、損傷を受けたかどうかは、外から見ただけでは診断することができません。
ではそんな肝臓の損傷をどうやって見つけるのでしょうか?
またどうやって治療をするのでしょうか?
今回はそんな肝損傷(英語ではliver injury)について
- 肝損傷とはどう言ったものか
- 肝損傷の分類
- 肝損傷の画像所見
- 肝損傷の治療
などについて図(イラスト)や実際のCT画像を用いてわかりやすくまとめました。
肝損傷とは?
胸腹部の鈍的な外傷によって、肝臓が損傷を受けることを肝損傷と言います。
鈍的な外傷では、お腹の臓器では、脾損傷に次いで多い臓器損傷です。
損傷を受けた肝臓には出血と肝組織の挫滅が起こります。
肝損傷の中でも、肝臓を覆う被膜の損傷を伴う場合には、肝臓の外、すなわち腹腔内に出血をきたし、ショック状態になることがあります。
肝損傷の分類は?
日本外傷学会の肝損傷分類2008によると肝損傷はⅠ型からⅢ型と3つのグレードに分けられます。
- Ⅰ型 被膜下損傷(Ⅰa型:被膜下血腫、Ⅰb型:実質内血腫)
- Ⅱ型 表在性損傷
- Ⅲ型 深在性損傷(Ⅲa型:単純深在性損傷、Ⅲb型:複雑深在性損傷)
それぞれどういう状態なのかを図を使って見てみましょう。
肝損傷分類2008を参照にオリジナルの図を作ってみました。
Ⅰ型 被膜下損傷
被膜下損傷は、肝被膜が保たれており、肝臓の中で出血を起こしている状態です。
さらに、
- 被膜の下に血腫があるのがⅠa型:被膜下血腫
- 被膜から離れた肝実質内に血腫があるのがⅠb型:実質内血腫
と分けられます。
受傷時点でⅠ型だから安心というわけではなく、経時的にその後Ⅱ型やⅢ型へと進行することもあるので、フォローが必要です。
Ⅱ型 表在性損傷
表在性損傷では、肝被膜にも損傷を認め、肝実質にも損傷が及びます。
創の深さが3cm 未満の損傷が表在性と分類されます。
肝臓の被膜に損傷を認めると、肝臓の中の血腫が肝臓の外に出てしまうことがあります。
これを腹腔内出血(ふっくうないしゅっけつ)と言います。
Ⅱ型、Ⅲ型ではこの腹腔内出血の有無が循環動態を左右するため、とくに重要となります。
Ⅲ型 深在性損傷
最も重症なのがこのⅢ型です。
Ⅱ型と同じように、 肝被膜にも損傷を認め、肝実質にも損傷が及びます。
創の深さが3cm以上の損傷を深在性損傷と分類します。
さらに、
- 損傷部位や破裂面が比較的整であるものがⅢa型:単純深在性損傷
- 損傷部位や破裂面が複雑で範囲も広範に及ぶものがⅢb型:複雑深在性損傷
と分けられます。
イラスト及び分類はいずれも1)を参照に作成。
肝損傷の症状は?
肝損傷の症状としては、
- 腹痛
- 腹腔内出血による出血性ショック(呼吸が早い、チアノーゼ、四肢の冷感など)
- 腹膜刺激症状
- 胆汁漏による胆汁性腹膜炎
などが挙げられます。
とくに上の分類で述べた被膜の損傷を伴う場合には、腹腔内に出血を起こすため、ショックを起こしやすいです。
肝損傷の画像所見は?
腹部の鈍的な外傷があり、エコーで(肝臓と右腎臓の間の)Morrison窩に腹腔内出血を疑う所見があれば、肝損傷の可能性があり、腹部CTが撮影されます。
ただし、CTの画像を撮影するには、循環動態が落ち着いていることが前提です。
CTでは、造影剤を用いない単純CTに加えて、造影剤を用いた肝ダイナミック撮影が行われるのが一般的です。
CT画像診断でチェックするべきポイントとして
- 単純CTで腹腔内出血の有無・肝臓の濃度の不均一の有無
- ダイナミックCTでは動脈相で造影剤の血管外漏出(extravasation)や動脈損傷の有無。門脈相では門脈・肝静脈などの静脈系の評価・肝臓実質の損傷を疑う所見の有無
が挙げられます。
では実際の症例を見ていきましょう。
症例 10歳代男性 外傷
腹部単純CTの横断像の画像です。
肝右葉に淡い低吸収域(やや黒い)を認めています。
ダイナミックCTの平衡相では、同部位に造影不良域を認めています。
Ⅰ型の被膜下損傷、中でもⅠb型:実質内血腫の肝損傷と診断され、保存的に加療されました。
Ⅰヶ月後のCTでは肝損傷部位はサイズが小さくなっていることがわかります。
症例 60歳代女性 腹部打撲
先ほどの症例よりは少し複雑に肝右葉に造影不良域を認めています。
肝臓の被膜の破綻を認めており、腹腔内出血を認めていました。
Ⅲb型の複雑深在性損傷の肝損傷と診断されましたが、extravasationははっきりせず、vitalも安定していたため保存的に加療されました。
症例 60歳代男性 3mの高さで作業中に転落
腹部単純CTの横断像です。
脾臓の背側に血腫を疑う高吸収液体貯留を認めています。
腹腔内出血を疑う所見です。
やや尾側のスライスでは、胆嚢の周囲に肝臓との境界が不明瞭な血腫を認めています。
腹腔内出血を疑う所見です。
造影剤を用いたダイナミックCTの動脈相です。
肝門部には広範な造影不良域を認め、その内部に造影剤の漏出(extravasation)を疑う所見を認めています。
そのⅠスライス尾側です。
血管外へ漏出している造影剤は左の肝動脈から連続していることがわかります。
左の肝動脈の血管損傷を疑う所見です。
また、モリソン窩などに広範な腹腔内出血を認めています。
平衡相では動脈相よりも肝門部の低吸収域が明瞭化しており、さらに内部の造影剤の漏出が増大していることがわかります。
動脈相と平衡相を比較すると、肝門部の造影不良域の中の造影剤の漏出量が増大していることがわかります。
平衡相のさらに下のスライス(断面)です。
肝臓の辺縁を追えない部位があり、ここで肝臓の被膜が裂傷を受けて破綻していることがわかります。
またこの破綻により肝臓内の出血が腹腔内に漏れ出ていることが推測されます。
Ⅲb型の複雑深在性損傷の肝損傷と診断され、3次救急病院へ搬送されました。
肝損傷の合併症は?
肝損傷における合併症には
- 胆汁漏
- 血性胆汁
- 胆汁腫(biloma)
- 肝膿瘍
- 仮性動脈瘤
- 動静脈瘻
- 遅発性破裂
などが挙げられます。
肝損傷の20%程度に見られるとされます。
肝損傷の治療は?
治療は大きく3つに分けられます。
- 保存的治療
- 動脈塞栓術(TAE:transcatheter arterial embolization)
- 手術療法
保存的治療
循環動態が安定している場合は、保存的に加療される場合が多いです。
ただし、活動性出血、仮性動脈瘤、動静脈瘻がない場合です。
動脈塞栓術
循環動態が比較的安定している状態で、活動性出血、仮性動脈瘤、動静脈瘻がある場合に、血管内治療(アンギオ)である動脈塞栓術(TAE)が選択されます。
循環動態が比較的安定している場合は、ダイナミックCTを撮影してこれらの有無を評価します。
とくに、造影剤の血管外漏出像(extravasation)を認めた場合は、動脈性に出血しているということですから、この治療の対象となります。
カテーテルを用いて、出血部位や仮性動脈瘤部に血管内からアプローチし、これらを塞栓します。
この治療は動脈を塞栓しますので、動脈からの出血があるときに有用であり、肝臓の静脈から出血している場合は有用ではありません。
そのため出血が動脈・門脈・静脈いずれから起こっているのかを術前に把握しておくことが重要です。
手術療法
重度の出血性ショックなど循環動態が不安定な場合は、CTなどの画像検査をスキップして、緊急回復止血術が施行されることがあります。
下大静脈合流部付近の肝静脈損傷や、門脈損傷の場合はこれに該当することがあります。
損傷している血管が静脈系の場合はタオルパッキングなどの開腹止血術が有用とされます。
参考サイト
1)日本外傷学会臓器損傷分類2008
最後に
肝損傷についてまとめました。
ポイントは以下の点です。
- 肝損傷を理解するにはまずは分類を理解する
- その際に肝臓の被膜の損傷の有無に着目することが重要
- 被膜が損傷している場合には、容易に腹腔内出血をきたしショックになるため注意が必要
- CT検査ではダイナミック撮像を行い造影剤が漏出する様子や腹腔内出血を捉えることが重要
- 治療は保存的治療、血管内治療(動脈塞栓術)、外科的治療の3つがある
なかなか難しい腹部臓器損傷ですが、腹腔内出血は一刻を争います。
参考になれば幸いです( ^ω^ )
質問なのですが、
10歳男性の外傷での腹部単純CTで血腫は肝実質内のLDAとして指摘できると記載されていますが、単純CTでは出血病変は高吸収であると記憶していました。
これはどのように考えるのかいまいちピンと来なかったのでご教授いただけると幸いです。
周囲肝実質が高吸収であるため相対的に低吸収になるという感じでしょうか?
質問ありがとうございます。
>外傷での腹部単純CTで血腫は肝実質内のLDAとして指摘できると記載されていますが、単純CTでは出血病変は高吸収であると記憶していました。
出血が周りと比べて高吸収になるのかどうかは、血腫の粘度や時期、あとは撮影条件(ウィンドウ値(Window Level: WL)とウィンドウ幅(Window Width: WW))、さらにおっしゃるように周囲臓器との相対関係によります。
肝臓の場合、CT値は脂肪肝がある場合を含め、40-70HUくらいです。
腹水 0-15HU
血性腹水 20-40HU
血腫・凝血塊 40-70HU
活動性出血 85-350HU
胆汁 0HU
尿 0-15HU
ですので、肝臓内の血腫は肝臓と比較して、高吸収になることもあれば低吸収になることもあります。
ですので、血腫=高吸収というわけではありません。
頭部の脳内出血の場合はほとんど高吸収になりますが。